4/30まで10%OFF「 NAFL 日本語教員試験対策セット」 4/30まで10%OFF「 NAFL 日本語教員試験対策セット」

検索関連結果

全ての検索結果 (0)
学習者のことばを生むのは教師の「聞く力」

学習者には伝えたいことがあります。しかし、多くの教室活動は、教師の教えたいことを中心に進みます。前回のコラムでは、学習者の伝えたいことを中心に教室活動を進めるための、問いかけの重要性について考えました。本コラムは、教師が問いかけを行った後、学習者のことばをどのように聞けばよいのか、また聞き方によって、どのような差が出るのかについて考えます。NPO多文化共生プロジェクト代表の深江先生によるコラムです。

文型を習得することに重きをおいた活動

文型シラバスに基づいた教室活動においては、教師は学習者がその日に導入する学習文型で話せるようになることを第一に考えます。私が観察したある教室活動は、学習文型が「~ました」で、教師と学習者は次のようなやりとりを行いました。

教師 :日曜日、何をしましたか。
学習者:日曜日、私、私の部屋、つくり、つくります。
教師 :ほお、料理をつくりま、
学習者:ご飯を、
教師 :ご飯をつくりま、
学習者:つくりました。
教師 :はい、ご飯をつくりました。すばらしい。

ここで教師は、学習者に「~ました」を使うように促し、学習者が「~ました」を使えると「すばらしい」と言っています。このやりとりの続きが次です。

教師 :どんなご飯をつくりましたか。
学習者:ああ、アペート。
教師 :アペート。今度、教えてください。
学習者:ハヤ、ハヤ、ハヤ。
教師 :ハヤ、て言うんですか。分かりました。(違う学習者を指して)何をしました、日曜日?

学習者は「アペート」と「ハヤ」で、学習者自身のことを伝えようとしています。しかし教師は、それ以上、聞こうとしませんでした。教師の目標は学習者が「~ました」で話せることで、学習者自身のことばを聞くことではないからだと考えられます。でもこの学習者には「~ました」を使用した文以外に、このとき伝えたいことがあったはずです。学習者の本当に伝えたいことばを聞くために、教師はどのようにすればよいのでしょうか。

学習者が自分のことを表現できる聞き方を

例として、養成講座で勉強中の大田先生と、教師歴25年の田中先生の教室活動を見てみましょう。2019年2月、二人は初級レベルの学習者一人に対し、「話題:休みの日・特別な日にすること、学習文型:~たり~たり」という課題でそれぞれ約20分間の教室活動を行いました。

まず田中先生の聞き方を見てみましょう。

資料① 田中先生とディプさん


田中 :春休みに何をしたいですか。
ディプ:私の兄の部屋にいます。いっしょに住んでいます。
田中 :いっしょに住んでいます。
ディプ:私の寮、3月、終わりね。

田中先生の問いかけに対し、ディプさんの「私の兄の部屋にいます。いっしょに住んでいます」は、ずれています。ただし田中先生は、すぐに判断せず(判断を留保し)、「いっしょに住んでいます」とディプさんの発話を繰り返すことで、本当は何を言いたいんだろう、とディプさんの言いたいことを探っています。それを受け、ディプさんは促されるように「私の寮、3月、終わりね」とことばを足しています。このやりとりの続きを見てみましょう。

資料② 田中先生とディプさん

田中 :ああ。お兄さんの部屋に行きます。ああ、そうなんだ、3月で。いつまで?寮は?
ディプ:30。
田中 :30まで。3月30日まで寮に住んでいます。それからお兄さんの家に。
ディプ:(うなずく)兄の家へ行きます。
田中 :行きます。お兄さんといっしょに、
ディプ:はい、住みます。

田中先生は「ああ。お兄さんの部屋に行きます」と相づちを打ちながら自分の理解を伝え、「いつまで寮は」と丁寧に一つずつ問いかけを足しています。ディプさんは聞き手としての田中先生の協力に支えられ、より詳しく自分のことを表現できています。(田中先生の聞き方いついては「外国人が日本語でもっと話したくなる、「判断留保」という態度とは」などに詳しく書いていますのでご参照ください)

次に大田先生の聞き方を見てみましょう。

資料③ 大田先生とシャラさん

大田 :シャラさん、春休みは何をしますか。
シャラ:ああ、寝ています。
大田 :寝ています。はい、寝ています。

大田先生の「春休みは何をしますか」という問いかけに対し、シャラさんの「寝ています」という答えは、十分ではないのですが、大田先生は「はい、寝ています」とやりとりを一方的に止めています。シャラさんには「寝ています」で言いたいことがあったかもしれませんが、大田先生はそのことばをより詳しく聞こうとしませんでした。なぜなら、大田先生はシャラさんのことばを聞くのではなく、学習文型である「~たり~たり」を導入するためにシャラさんに問いかけていたからです。このやりとりの続きを見てみましょう。

資料④ 大田先生とシャラさん

シャラ:と、アルバイトします。
大田 :寝ています(ホワイトボードに「ねています」と書きながら)。と、アルバイトします(ホワイトボードに「アルバイトします」と書きながら)。

シャラさんはどんなアルバイトをするのかなど聞きたくなるところですが、大田先生はシャラさんの「アルバイトします」をそれ以上聞くことなく、「ねています」「アルバイトします」とホワイトボードに書きました。これは文型導入の準備です。大田先生はシャラさんのことばを聞くのではなく、学習文型である「~たり~たり」を導入するためにシャラさんに問いかけていました。

このような聞き方の差が、20分の教室活動で、どのような差になって現れたのかを表1でまとめました。表1は、大田先生とのやりとりでシャラさんが自分について表現したことと、田中先生とのやりとりでディプさんが自分について表現したことを整理したものです。

表1を見ると、シャラさんに比べてディプさんの方が豊かに自分のことを表現していることが分かりますね。この差は教師の問いかけと聞き方によって生じています。学習者が伝えたいという気持ちになるかどうかは、まずは教師がどう問いかけるかというのがきっかけになりますが、自分の本当に伝えたいことを学習者が表現するには、教師が問いかけた後、「どう聞くか」ということが重要になります。学習者は自分の思いや考えを日本語で限定的にしか表現できないので、教師はその学習者が言おうとする様々な可能性に耳を澄まし、学習文型を導入するために聞くのではなく、学習者が本当に伝えたいことを聞く必要があります。

→次回はこちらから

執筆/深江 新太郎(ふかえ・しんたろう)

「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。大学で歴史学と経済学、大学院で感性学を学ぶ。珈琲屋で働きながら独学で日本語教育能力検定試験に合格し日本語教師に。学校法人愛和学園 愛和外語学院 教務長。

関連記事


教科書について考えてみませんか-第5回 漢字学習も「できること」重視!

教科書について考えてみませんか-第5回 漢字学習も「できること」重視!
2011年4月から『月刊日本語』(アルク)で「教科書について考えてみませんか」という連載を掲載してから10年。2021年10月に「日本語教育の参照枠」が出て以来、現場では、コミュニケーションを重視した実践への関心が高まり、さまざまな現場で使用教科書の見直しが始まっています。「参照枠」を見ると、言語教育観に関して、「学習者を社会的存在として捉える/「できること」に注目する/多様な日本語使用を尊重する」という3つの柱が掲げられています。これは、2011年4月から『月刊日本語』で連載した中で述べていることに重なります。

日本人主導の交流を壊し、対等な関係性をめざした多文化えんげきワークショップとは(北海道江別市)

日本人主導の交流を壊し、対等な関係性をめざした多文化えんげきワークショップとは(北海道江別市)
2024年3月1日に、地域にほんごどっとねっと主催のトークサロン「学習者が来なくなった日本語教室、どう立て直す?」がオンラインで開催され、約 100名の参加がありました。北海道で活動する平田未季さんが話題提供を行った本トークサロンのエッセンスをご紹介します。(深江新太郎)

この春始めたい!日本語教師がちょっと知っていると役に立つ、英中韓以外の外国語は?

この春始めたい!日本語教師がちょっと知っていると役に立つ、英中韓以外の外国語は?
日本語教育機関で各国から新入生を迎える季節です。あいさつやよく使う言葉など、学習者の母語を少しだけ覚えてみませんか。学習者の母語として多い、インドネシア語、ベトナム語、ポルトガル語、スペイン語についてのご紹介記事です。

学習者が来なくなった日本語教室、どう立て直す?(北海道江別市) 

学習者が来なくなった日本語教室、どう立て直す?(北海道江別市) 

2024年3月1日にトークサロン「学習者が来なくなった日本語教室、どう立て直す?-共生のまちづくりを目指す活動を通して見えてきたこと」がオンラインで開催されます。このトークサロンで話題提供を行う、北海道江別市の平田未季さんに、取り組みの背景をうかがいました。(深江新太郎)...


【連載】教科書について考えてみませんか-第4回 「わかる」から「できる」へ

【連載】教科書について考えてみませんか-第4回 「わかる」から「できる」へ
2011年4月から『月刊日本語』(アルク)で「教科書について考えてみませんか」という連載を掲載してから10年。2021年10月に「日本語教育の参照枠」が出て以来、現場では、コミュニケーションを重視した実践への関心が高まり、さまざまな現場で使用教科書の見直しが始まっています。