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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

できあがる文が違う-「学習者の伝えたいこと」からスタートする文型導入とは

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文型を導入し、教室活動を行うとき、「学習者の存在」はどう位置づけるかを考えたことがありますか。新しい文型を導入して繰り返し練習をする中では、学習者の「伝えたいこと」は軽視されがちではないでしょうか。学習者が思いを伝えられるようになることを目的とし、そこからスタートする教室活動を模索してみませんか。NPO多文化共生プロジェクト代表の深江先生によるコラムです。

受け身形が「入った」「入らなかった」

教務室での会話で「受け身形が入った」「受け身形が入らなかった」などと教師が言うのを聞いたことがあります。「入った」「入らなかった」というのは、学習者が受け身形について「使い方を理解し、うまく変形して文が作れるようになった」「理解するのが難しく、うまく変形して文を作ることができなかった」という意味で使っています。

一方で同じ受け身形の授業をした後で「Aさんの意外なことを知った。子どものときは、宿題しないで、親からよく怒られたんだって」などと、教室にいる学習者一人一人の姿について教師が言うのも聞いたことがあります。

この差は、文型からスタートし、その文型が使えるようになることを目的とした教室活動と、学習者の思いや考えからスタートし、学習者がそれを伝えられるようになることを目的とした教室活動の差でもあります。これまで、特に日本語学校における日本語教育では、文型習得を目的とした教室活動が多く行われ、文型を導入し繰り返し練習する方法が精緻化されてきました。しかし現在、教室活動を学習者一人一人の伝えようとすることばから考える動きが出てきています。

ただし、ここで一つの誤解が生じています。学習者一人一人の伝えようとすることばから始まる教室活動では、文型を学習しないというものです。そうではなくて、学習者一人一人が伝えようとすることばの中に、学習文型が含まれています。学習文型を使って話す教室活動との差はここにあります。このことを具体的な例を見ながら、考えていきましょう。

*コラム内の資料は養成講座で勉強中の大田先生と、教師歴25年の田中先生の教室活動です。2019年2月、二人は初級レベルの学習者一人に対し、「話題:休みの日・特別な日にすること、学習文型:~たり~たり」という課題でそれぞれ約20分間の教室活動を行いました。

文型の提示の仕方を比べてみよう

まず養成講座で勉強中の大田先生とシャラさんのやりとりと大田先生の文型の提示の仕方を見てみましょう。大田先生は、シャラさんが春休みにすることを簡単に聞いた後で、次のように文型を提示しました。

資料

大田 :シャラさんは、春休みに、寝ます、アルバイトをします、パーティをします、ですね。はい、でも、1つにしますとき(ホワイトボードに「わたしは春休みにねたり アルバイトしたりします」と書く)、私は春休みに、
シャラ:私は春休みに、
大田 :寝たり、アルバイトしたり、します(ホワイトボードを見せながら)。
シャラ:寝たり、アルバイトしたりします。
大田 :ひとつ、ひとつ、ひとつ(ホワイトボードの「ねます、アルバイトします、パーティをします」を指して)。これは全部を1つになります。いいですか。
シャラ :いいです。

 

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大田先生は、シャラさんが言った「ねます、アルバイトします、パーティをします」を1つにする言い方として「ねたり アルバイトしたりします」を提示しています。ただ、このやりとりからは、どうして「パーティをします」が選ばれていないかが分かりません。また「春休みにねたり、アルバイトしたりします」で表現された「ねる」ことは、春休みにすることとして取り立てる必要がありません。大田先生も日常の日本語感覚からすればこの不自然さに気づくと思うのですが、「文型を導入しなければならない」と頭のスイッチが入ってしまうと「~たり~たり」が使えていたらOKとなってしまっているようです。

続いて、田中先生とディプさんのやりとりを見てみましょう。田中先生は、ディプさんが休みの日にしたことについて、ディプさんのことばを十分に聞きながら、ディプさんの伝えようとすることを明確にしました。その後で、ディプさんが休みの日にしたことをホワイトボードに整理しました(前々回前回のコラムをご参照ください)。資料②で、ここまでの田中先生のホワイトボードを再現しました。

資料② 田中先生のホワイトボードの再現



では、この後のやりとりを見てみましょう。

資料

田中 :うんうん、そうね。ここ、たくさんね(資料②をさしながら)。
ディプ:はい。
田中 :そしたら、この中で、シャワーをあびましたは、毎日。せんたくをしました、ごはんをつくりましたも、毎日。そしたら、このなかで、ディプさんが話したい、私に話したいのはどれですか?(資料②の「シャワーをあびました」から「ははとはなしました」まで順に一つずつ指す)わたしが、ディプさん、休みは何をしましたかって言ったら、二つ(資料②から手で選ぶ動作をする)。
ディプ:選びます。
田中 :うん、選ぶ。

田中先生はディプさんに休みの日にたくさんしたことがあるけれど特に伝えたいことはどれか尋ねています。ディプさんは田中先生のことばを理解しています。さらに、この続きを見てみましょう。

資料

ディプ:(資料②を見ながら選ぶのを考える)
田中 :休みよ、休みの日に何をしましたか?
ディプ:(資料②の「あにのへやであにがりょうりをつくりました」と「ははとはなしました」を指す)
田中 :これ。
ディプ:これ、あにのへやで、
田中 :ああ、これとこれ。そしたら、この中で、えっと、ディプさんは、この中で1番、2番、これとこれ。
ディプ:はい。

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 ディプさんは、ホワイトボードを見ながら何を選ぶか考え、兄の部屋で兄が料理をつくったことと母と話したことを選びました。田中先生はこの後で学習文型である「~たり~たり」を提示します。そのやりとりを見てましょう。

資料

田中 :そのときは、えっと、兄の部屋で兄が料理をつくりました、を、つくったり(「つくったり」とホワイトボードに書きながら)、
ディプ:たり、つくったり、
田中 :母と話したり、しました(「はなしたりしました」とホワイトボードに書きながら)。この中でたくさんいろいろしました。でも、ディプさんが私に言いたい一つ、二つ、を選んで話すとき、兄の部屋へ行きました、兄が料理をつくったり、母と話したりしました。
ディプ:はい。

田中先生はディプさんが選んだ二つを取り立てて言う表現として「あにがネパールのりょうりをつくったり、ははとはなしたりしました」を提示し、ディプさんは理解を示しています。このあと、田中先生はお兄さんの部屋でディプさんが何をしたかをさらに尋ね、「あにのへやであにのりょうりをたべたり、ははとはなしたりしました」と、ディプさんが休みの日にしたことの中で伝えたいことを明確にしました。

学習者のことばを基にした教室活動を

さて、大田先生とシャラさん、田中先生とディプさんがつくった「~たり~たり」の文を表1で整理しました。

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学習者の思いや経験が忠実に伝わるのは、どちらでしょうか。学習文型を導入することを目的とした教室活動では、学習者がその学習文型を使って表現できたらよい、と教師が考えてしまうので、その学習者の思いや経験が忠実に表現されることが重要視されません。一方、学習者が自分の思いや経験をできるだけ忠実に伝えることを目的とした教室活動では、表現された文を通して学習者の本当の姿を知ることができます。学習者はその活動を通して、学習文型も学びます。

大田先生がシャラさんに一方的に「~たり~たり」を提示していたのに対し、ディプさんは田中先生に休みの日にしたことを十分に話し、休みの日にしたことの中で特に伝えたいことを選び、それを「~たり~たり」で表現していました。この田中先生の教室活動から、文型シラバスの教科書を用いても活用できる手順を学ぶことができます。それは、学習文型の前にその課の話題を大切にし、その話題で学習者の思いや経験を十分に聞いた後で、学習者の伝えようとすることばを基に学習文型を提示することです。ことばを育むという表現が合う教室活動の手順です。

執筆/深江 新太郎(ふかえ・しんたろう)

「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。大学で歴史学と経済学、大学院で感性学を学ぶ。珈琲屋で働きながら独学で日本語教育能力検定試験に合格し日本語教師に。学校法人愛和学園 愛和外語学院 教務長。

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