新型コロナウイルスの影響により、さまざまなイベントや会議が軒並み中止になった3月、第73回文化審議会国語分科会は持ち回り開催となり、報告書「日本語教師の資格の在り方について(報告)」(案)(文化審議会国語分科会(第73回)(持ち回り開催))について異議なく、一部の文言や体裁の修正の上、取りまとめられました。今、日本語教師の皆さんが気になる「日本語教師の資格化」のポイントを、本報告書をもとにわかりやすく解説します。(編集長)
なぜ日本語教師の資格制度を作るのか
報告書の冒頭では日本語教育の現状と課題を次のようにまとめています。日本国内の日本語学習者が増えており、かつ多様化しています。一方、日本語教師の6割はボランティアで、日本語教師を職業としている人は少ないです。よってこれからは外国人の学習ニーズに応えられる質の高い日本語教師の養成と確保が課題です。
課題を解決するために、日本語教師の質・量・多様性を確保します。そしてそれを証明するための資格制度を作ります。そうすれば、質の高い日本語教師を雇用する際の判断基準が明確になるし、日本語教師の専門性が社会的にも認められることで、日本語教師を目指す人も増えるだろうとしています。
資格制度の枠組みのポイント
以下に、報告書に書かれている今回の資格制度の枠組みのポイントを記します。特に大事なところは赤字にして、この後に、もう少し詳しく説明します。
- 資格の名称:「公認日本語教師」
- 資格の社会的な位置づけ:「公認日本語教師」は名称独占の国家資格とする。
- 資格の対象:日本語教師の養成終了段階(養成=日本語教師を目指し、日本語教師養成課程等で学ぶ者)
- 資格取得要件:
①「必須の教育内容」に基づいた知識の有無を測定する試験の合格
②教育実習の履修
③学士以上の学位を有すること - 試験実施及び登録の体制:省略
- 資格の有効期限:10年程度
- 欠格自由:省略
- 経過措置(「日本語教育機関の告示基準」に定められた教員要件を満たす者の取扱い):
十分な移行期間を設け、公認日本語教師として登録を行えるようにする - 更新講習:10年程度の有効期限を経過する前に、更新講習の受講を義務付ける
その他(詳細な検討が必要な事項)
1、2、3、5省略
4. 試験免除等の措置について
原則として試験合格を必要とする。ただし、一部・全部を含めた試験の免除等の措置
については、将来的な検討課題とする。
日本語教師の不安・質問が多いところ
赤字部分は、実は多くの日本語教師が不安に思っていること、編集部にたくさん質問が寄せられているところでもありますので、これまで編集部に寄せられた質問にご回答する形を取りながら、できるだけわかりやすく解説します。
Q1:資格を取らないと「公認日本語教師」と名乗ってはいけないのですか?
A1:はい。「公認日本語教師」と名乗れるのは「公認日本語教師」の資格を取って、「公認日本語教師」として登録した人だけです。但し、名称独占*1であって業務独占*2ではないので、「公認日本語教師」ではなく、これまで通り単なる日本語教師として日本語を教えることは、全く問題ありません。
Q2:現在、「日本語教育機関の告示基準」の教員要件を満たす者として日本語学校で教えている者です。私は、「公認日本語教師」になれるのでしょうか? それとも改めて試験を受け直さなければならないのでしょうか。
A2: 試験を受け直す必要はなく、移行期間中に「公認日本語教師」として手続き・登録をすれば大丈夫です。ご安心ください。
Q3:私は四年制大学を卒業しておりません。今回の資格取得要件は「学士以上の学歴を有すること」となっていますが、私は「公認日本語教師」になれないのでしょうか。
A3:四年制大学を卒業していなくても優秀な日本語教師の方はたくさんいらっしゃいます。そういう方は今回の経過措置を活用してください。つまり、①新しい資格制度が始まる前に日本語教育能力検定試験に合格する。②そうすれば経過措置の対象になる、③新しい資格制度が始まったら移行手続き・登録をする。このような方法をご検討ください。心配しなくて大丈夫です。
Q4:新しい資格制度はいつから始まりますか(移行期間はいつからいつまでですか)。
A4:このご質問には現在は日本中の誰も答えられません。なぜなら、今回の報告書をまとめた文化審議会国語分科会は、あくまで専門的な立場から議論を行い、提言するのが役割だからです。専門家の意見を踏まえながら実際にどのような資格制度を作るかは政府・国会の役割になります。その時の政治情勢によって、このスピード感も変わるでしょう。
Q5:経験や学歴によって試験が一部免除になるようなことはないのですか。
A5:どのような立場であっても、試験合格を必要とするというのが原則です。但し、どんな試験になるのか、いつから始まるのかも決まっていない現状では、その試験の一部を免除する/しないといった議論は、あまり意味がないと思われます。
日本語教師個人が試される時代へ
報告書の冒頭の日本語教育の現状と課題に戻ってみましょう。日本語教育の実態は多くのボランティアの無償の行為によって成り立っています。ボランティアがいなければ、日本各地の日本語教室は成り立ちません。一方で、特に日本語学校などで教える日本語教師の待遇がなかなか改善しないという問題が何十年も指摘されています。まず、この日本語ボランティアと日本語教育の専門家の役割をきちんと整理することが前提だと思います。
その上で、日本語教育の専門家について「公認日本語教師」という名称独占の新たな国家資格制度を作り、専門性を社会的に認知させ、社会から信頼してもらうことで日本語教師の待遇を上げ、日本語教師を目指す若者を増やす、つまり、日本語教師の質・量・多様化の課題を解決していこうというのが、今回のシナリオです。
私は今回の資格化の動きは、今後より教師一人一人の生き方や力量を問うことにつながっていくのではないかと思います。資格というのはあくまでスタートラインです。そこから先は、それぞれの教師が教育実践を通した自己研鑽を積み重ねていくことが大切になります。
自分は公認日本語教師の資格取得を目指すのか、目指さずに日本語学習を支援するのか。学習者が多様化していく中でどんな日本語教師を目指すのか。どんな考えに基づき何を使ってどういう成果を上げるのか。これまでに一律に「日本語教師」として語られていた役割は、より細分化されていくのではないかと思います。「〇〇に強い公認日本語教師」「〇〇ができる日本語教師」「〇〇の学習者から支持される日本語教師」「〇〇業界ではちょっと有名な公認日本語教師」……。一人一人の日本語教師の個性がこれまで以上に発揮される時代になっていくのではないでしょうか。