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異業種のプロに聞く!『ことばの壁を越える極意(ワザ)』 〜英語・日本語 同時通訳編〜

「もっと自然な日本語を話せるようになりたい」「ネイティブに近づきたい」。学習者のそんな熱意に応えるべく、異業種のエキスパートから、日本語教育でも応用できるワザを伝授してもらう新企画『ことばの壁を越える極意(ワザ)』。トップバッターは、英語・日本語の同時通訳者として、業界全体の発展にも尽力する関根マイクさんです。

プロでも手を焼く!一語一訳では埋まらない、日本語と英語の距離感

日本語教師と通訳者。専門性は違っても、言語・文化の架け橋となって働いているという点では、何らかの共通点がありそうです。

個人的には、英語から日本語に通訳するときよりも、日本語から英語にするときのほうが、ことばの壁を感じることが多いですね。

例えば、「たぶん」という日本語。これは、日本語では確率が10%でも90%でも同じく「たぶん」ですが、英語では、possibly/maybe/perhaps/likely/probablyなど、確率の度合いによって選ぶ単語が変わってきます。話者がどの程度の確率を前提に「たぶん」と言っているのか見当がつかない場合は困ってしまいます。

それから、「勝負師」という言葉。英単語帳に書いてある対訳では、gambler(ギャンブラー)が一般的ですが、棋士の羽生善治氏を「勝負師」と表現したい場合に、ただ一語で gambler と片づけてしまうのは、ちょっと違う気がしませんか?羽生氏の佇まいや過去のインタビューでの発言などを見れば、彼が単なるギャンブラーでないことは明らか。「覚悟」や「生き様」というニュアンスを込めた適訳を見つけるには、もっと深い考察が必要です。

このように、日本語は一語が持つニュアンスが非常に広いので、日本語を英語に通訳するときは、細かいニュアンスを自分で読み取り、説明や描写を適宜加えていく必要があります。

関根さんイメージ図修正

そのためには、場の空気や、話者の態度、表情、声のトーン、胸に秘めている真意など、「非言語情報」にも幅広くアンテナを張らなければなりません。自然な日本語に訳すには、こうした「非言語情報」を察知する力がどうしても必要です。

どれだけ下調べや準備しても、初対面では分からないことが沢山あります。どのようなニュアンスがTPOにふさわしいのか。その判断力を磨くには、やはり実際に人と対面する現場でつかんでいくしかないかも知れませんね。

一方、英語にも、射程範囲が広く色々なものに使える単語があるのですが、対する日本語は用法が限定的で、日本語の語彙が豊富でないと、適切に通訳できない場合があります。

例えば、institution。制度、組織、団体、国家など幅広い概念に使われるフレキシブルで便利な英単語ですが、日本語の対訳は、婚姻制度(institution of marriage)、金融機関(financial institution)、教育施設(educational institution)など多岐に渡ります。

engagement も、その一例です。約束、関与、会合、交戦など、場面によって当てはめるべき日本語が全然違うのです。

また、次のような事例もあります。

「possession of nuclear weapons」は日本語で「核兵器の保有」ですが、ここを「所有」と訳したら、れっきとした間違いです。

しかし、「保有」と「所有」の違いは一体何なのか。なぜ「所有」ではダメなのか。日本語は、一般の人にとって、理由がよく分からない用法が多いような気がします。

そのほか、日本語と英語の大きな違いを感じるのは、オノマトペですね。擬態語や擬音語は日本語のほうが圧倒的に多く、一語で英訳できない場合は、センテンスで表現するしかありません。

日本語:彼女が落とした皿がガチャンと割れた
英語:There was a loud clashing sound when she dropped the plate.
※英語には「ガチャン」に当たるオノマトペがない。
日本語のオノマトペが表す繊細なニュアンスを、どのように伝えるか。答えは決して一つではなく、通訳者のセンスと言うか、主観によるところが大きい。その人の表現の幅広さや豊かさがものを言うのです。

質より量!学習者が大好きなジャンルを大量に読める環境づくりを

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それでは、表現の幅広さや豊かさを身につけるには、どうしたら良いのでしょうか。私は、一にも二にも、読書だと思っています。高尚な文学作品である必要はまったくありません。好きなものをとにかく大量に読む。学習時間が限られている人ほど、『好き』に特化したほうが絶対に良い。

僕の英語の土台は、95%が大好きなスポーツから学んだ英語です。12歳の頃、香港のイングリッシュスクールからカナダに単身留学した当初、僕はまったく英語を喋れませんでした。授業でも、先生が何を言っているのか分からない。勉強は大嫌いでしたから、放課後は、本屋で大好きなスポーツ雑誌を片っ端から読んで過ごしていたのです。

よく、世間では「失敗したほうが上手くなる」なんて言いますけど、僕は人前で失敗したくないタイプだったから。3年間くらいは、ひたすらインプットでしたね。ある日、映画館から出た瞬間に「あれ?そういえば俺、このストーリー、全部ちゃんと理解できていたよな」って。アウトプットできるようになったのは、その頃からです。

通訳は知識があってなんぼの世界。質は、圧倒的な量から生まれることもあると実感しています。

読書の他にも、実践していることがあります。僕の仕事のメインである同時通訳*1は、瞬発性が肝心です。通常はクライアントからあらかじめ資料が送られてきますが、それだけでは話の方向性が読めない場合も多々あります。そのため、自分なりの情報収集やシミュレーションをしておくのです。

まずは、手元にある情報をもとに、関連ワードをいくつも挙げて調べます。ビジネス会議の場であれば、業界の基礎知識、重要人物、最新トピックス、ホットなキーワードなど......話がどのような方向に向かっても柔軟に対応できるよう、幅広く連想して、語彙や知識を蓄えておきます。

また、「自分なら、どのような話の流れで結論を導くか」と、話者になりきって想像してみます。独りディベートのような作業ですね。そうすると「これって、どういう意味?」「あのことにも触れておいたほうがいいかな?」「別の言い回しをするとしたら?」など、ツッコミどころや疑問が色々と出てきます。それらをできる限り解消してから本番に臨むと、余裕を持って通訳できます。

話者のプロフィールや口調、社会的立場、聴衆との関係性なども、可能な限り調べておきます。ビル・ゲイツが女子高生のような喋り方をしないように、年齢や立場によって使う単語の難易度や言い回しは違いますよね。同じ人物でも、伝える相手や場の雰囲気に応じて、硬い喋り方にもなれば、砕けた調子にもなる。「その時の、その人らしい喋りかた」を、できる限り具体的にイメージしておくことで、より自然な訳出ができるのです。

こういう作業が習慣になると、友人との会話でも、何が言いたいのか先が読めるようになってしまって。友人が話している途中で「ああ、つまり〇〇っていうことでしょ?」なんて、つい介入してしまい、嫌がられることもよくあります。職業病ですね(笑)。

語学の醍醐味は、感情をこめて、自分らしく言葉を紡げるようになること

専門学校などで徹底的なトレーニングを積んできた人の中には、確かに正確だけれども、あえて無機質というか、個性を出さないようにして、コンピューターのような喋りかたで通訳をする人もいます。

正確性はもちろん大事。でも、僕が目指したいのは、感情のこもった人間的な通訳です。
息づかいや表情、声のトーンやスピードなどから、話者の心を想像して寄り添う。話者という別人格になりきって話す。ことばの壁を越えるには、そういう感覚が必要なんじゃないかなと思います。

その意味で言いますと、読書は「好きなものを好きなだけ」が基本ですが、フィクション(創作物語)を読むことはとても大切です。ノンフィクションに偏ると、安易な表現しか出てこなくなる(笑)。

僕自身、小説や映画など大好きな物語に没頭する中で、感情をともなう「生きた言葉」を身につけてきました。アニメや漫画にも、素晴らしい作品はたくさんありますよね。

通訳の世界に「完璧」はありません。語学は、好きである限り永遠に続くもの。だからこそ、教師は学習者にとって最高のモチベーターであるべきだと思います。

小さなゴールを設定して、成功体験をどんどん積ませてあげる。興味が持てそうな本を紹介して、あとは本人の興味関心に任せる。高すぎるゴールを設定しないほうが、学習者のモチベーションを保つことができるのではないでしょうか。

関根さんプロフィール用

関根マイク(せきね・まいく)

同時通訳者。関根アンドアソシエーツ代表。日本会議通訳者協会理事。全米司法通訳人・翻訳人協会員(NAJIT)。会議通訳者・法廷通訳人(那覇地方裁判所、東京地方裁判所)。デポジション通訳者。イングリッシュ・ジャーナルで『ブースの中の懲りない面々〜通訳の現場から』が好評連載中。著書に『通訳というおしごと』(2020/2/26発売)、『同時通訳者のここだけの話』(2019/02/18)。

通訳というおしごと

通訳というおしごと

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

*1:通訳の種類は、主に3つあります。①話者が話すのとほぼ同時に訳を話す「同時通訳」、 ②話者が話した後に訳を話す「逐次通訳」、 ③文章を短時間で読みながら訳す「サイト・トランスレーション」です。