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インドネシア全土で使える教科書の開発をめざして

いま、アジア地域では、日本語教育の裾野が急激に広がりつつあります。中国に次ぎ世界第2位の学習者数を誇るのは、世界屈指の多言語国家として知られるインドネシアです。約74.5万人の日本語学習者のうち、95%は高校生。大学の日本語教師の中には、日本での学位取得者も増えてます*1。古くから言語や文化の多様性を尊重してきたインドネシアで、日本語教育は、どのように進展しているのでしょうか。(安藤陽子)

インドネシアにおける日本語教育の歴史

インドネシアでは、1942年から1945年、日本軍占領下で、日本語の普及政策が行われました。しかし、多民族・多言語のインドネシアで、短期間に日本語を共通語として定着させる術はなく、日本軍政当局は、効率的に統治するために現地の著名な人文学者を総動員して、インドネシア語を体系化。公用語として普及させました*2

戦後、1958年に国交が樹立すると、人材育成をもって賠償をするという協定が締結されました。それに基づき、1960年度から1965年度までの5年間に、合計381人のインドネシア人留学生が来日(インドネシア賠償留学生)。国際学友会日本語学校で1年間日本語を学んだ後、日本国内の大学に進学しました*3。その中からは、今日の日本とインドネシアの友好を支える人材も輩出しています。また、インドネシアの主要国立大学では、1960年代から日本語教育学科が開設され、本格的な日本語教育がスタートしました。

そのような歴史あるインドネシアの日本語教育ですが、学習者数が多い反面、インドネシア人教師が指導法などを研鑽する機会の不足や、インドネシア母語話者の視点を反映した教材の不足、学習者が日本語母語話者と交流する機会の不足などが、課題として挙げられています。

文脈をふまえて、適切な表現を考えさせる教材を。

インドネシア教育大学で日本語教育学科の教員を務めるデウィ・クスリニさんは、そうした課題を解決するために奮闘している研究者の一人です。

デウィさんが着目しているのは、インドネシアで使用されている教科書で頻繁に取り上げられる【申し出表現】です。

デウィさんによると、日本語母語話者(NS)とインドネシアの日本語学習者(NNS)に、さまざまな相手と場面を提示して談話完成テストを実施したところ、日本語母語話者は、場面に応じてさまざまな申し出表現を使いました。

NS①. 相手が大変そうだが、まだ余裕がありそうな場合:「かばんを持ちましょうか」
NS②. 相手が大変そうな場合:「傘、どうぞ使ってください」
NS③. 相手にとって早急に手助けが必要な場合:「コピーします」

これらを比較すると、日本語母語話者は、相手の緊急度に応じて、申し出る行為が必要かどうかを確認する「疑問型」と、確認せずに自分の行為を伝える「行為宣言型」を使い分けていることが分かります。また、先生や上司、同僚や友達、部下や後輩など、相手によっても、表現形式に違いが出たと言います。

NS①の「〜ましょうか」や、NS②の「〜てください」は、インドネシアで使用されている教科書にもよく掲載されていますが、NS①〜③に近い回答をした学習者はわずか30%に留まり、「〜ていただけませんか」「〜てあげましょうか」「〜たいですか」「〜てもいいですよ」などの誤用もあったそうです。

このうち、「〜ていただけませんか」は、「〜ましょうか」よりも、敬意をこめた表現であるという勘違いから誤用してしまうようだと、デウィさんは分析しています。

「〜てあげましょうか」「〜たいですか」「〜てもいいですよ」という表現については、どの程度目上の人だと失礼に当たるのか、学習者が理解できていないという課題も浮かび上がりました。

「場面に合った表現の適切さよりも、敬語の形式にとらわれすぎてしまう傾向があるようです。こうしたつまづきを解消するには、敬語の表現形式(例:〜ましょうか)をベースに学習させるのではなく、具体的な場面を提示した上で、ふさわしい表現形式を指導するという流れが望ましいと考えています」(デウィさん)

また、NS③のように、早急に手助けが必要な場合でも、インドネシアの日本語学習者の多くは、使い慣れた教科書に掲載されているNS①の「疑問型」を使用する傾向が見られたそうです。

「日本語母語話者が使う自然な日本語に近づくためには、場面を理解してアウトプットする訓練が必要でしょう」(デウィさん)

デウィさんが現在開発中の教材では、学生が日本人と接触する際に実際ありそうな場面(大学や職場など)をイラストつきで提示し、【依頼する】【申し出る】【感謝する】【詫びる】【褒める】などの表現を学べる構成にしています。

さらに、日本人の会話モデルだけではなく、インドネシアの日本語学習者から収集した誤用例も映像で提示。学習者たちが会話の成功例と失敗例をイラストや映像で確認しながら、共に気づき、分析するプロセスを踏めるようにしています。

デウィさん画像1

会話の授業の様子

デウィさん画像3

デウィさんが作成した教材

「インドネシア語は、大きく分けてフォーマル・インフォーマルの区別はありますが、尊敬語・丁寧語・謙譲語などの分類が、日本語のように細かくありません。もともと、数百もの地方語を標準化した言語なので、表現の多様性は、地方語に比べると幅が狭いのかも知れません。インドネシア語では、相手や状況に応じた敬意や丁寧さの度合いは、声のトーンや顔の表情など非言語の部分で調節しています」(デウィさん)

一方、スンダ語などの地方語には、日本語と同様、細かい敬語表現が存在するのだそう。ただし、地方語は基本的に家族や友人などの親しいコミュニティの中で使うものなので、敬語を使う機会は稀だと言います。

「どのような表現だと失礼にあたるのか。その理由はなぜなのか。同じ表現でも、相手や状況によって、失礼になったり、ならなかったりします。そうしたさじ加減のコツをつかむには、インドネシア語よりも、地方語との比較が有効かも知れません。申し出表現に限らず、例えば擬態語や擬音語についても、インドネシア語よりも地方語のほうが圧倒的に豊富です。地方語の話者は減少傾向にありますが、言葉の多様な『味』を知るには、地方語の存在も大きいと感じています」(デウィさん)

オンラインでさまざまな日本語学習動画も配信

デウィさんは、新型コロナウイルスの感染拡大きっかけに、YouTubeによる学習コンテンツの配信にも積極的に取り組んでいます。ニュース・物語・評論文など多種多様な日本語表現を題材にオリジナルの解説動画を作成し、インプットの機会を提供しています。同時に、学習者から、じゃかるた新聞の内容を説明する動画をアップロードさせるなど、アウトプットも促しています。

デウィさん画像4

デウィさん画像4

デウィさんのYouTubeチャンネル「Dewi&Jepang」

「今は、オンラインでインプット・アウトプットが自由にできる時代。SNSを活用すれば、日本語ネイティブの友人を作るのも、そう難しくはないでしょう。しかし、これほど便利な環境にありながら、日本人の友だちが一人もいないという学生は少なくありません。

私自身は、大学時代に日本語ジャーナルを通じて70人もの文通相手ができ、一生懸命手紙を書くことで日本語を身につけてきました。日本語能力検定やスピーチコンテストで思うような結果を出せなかった時にも、『早く会いたいから、頑張って日本に来てね』という文通相手の励ましが、学習のモチベーションにつながりました。

コミュニケーション力は、人とのふれあいの中で育まれていくもの。学習者が情報の洪水に飲み込まれず、適切にインプット・アウトプットができるよう、興味関心や習熟度に合わせてナビゲートしていきたいと思っています」(デウィさん)

デウィさん画像5

右)デウィさんが日本語ジャーナルに投稿した記事  左)文通相手との思い出の手紙

9月以降は、現在収集している映像データをもとに、誤用を分析しながら主体的に学ぶ教授法を取り入れる予定だというデウィさん。来年2月には、日系企業に勤務するインドネシア教育大学のOB・OGの協力も仰ぎながら、ビジネス日本語の教材を制作するのが目標ということです。

デウィ・クスリニさんの研究レポート:
「インドネシア語を母語とする日本語学習者の申し出表現の習得」(2019,日本語教育基金ホームページに掲載)

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執筆/安藤陽子

地域情報紙記者として約10年間、教育、文化芸術、医療、福祉など様々な分野の取材経験を積んだのち、フリーランスに転身。2児の母としての視点を活かし、子育て・教育分野を中心に取材執筆に励んでいる。

*1:2015年度日本語教育機関調査結果(国際交流基金)、第8回日本語教育推進議員連盟総会「インドネシアの日本語教育」(2017,八田)

*2:「インドネシアにおける日本軍政の功罪」 (2007,芳賀)

*3:平成30年度 学生支援の推進に資する調査研究事業(JASSOリサーチ)報告書 「インドネシア賠償留学生制度の歴史的意義と実態に関する研究」 (高木・杉村・萱島)

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