4/30まで10%OFF「 NAFL 日本語教員試験対策セット」 4/30まで10%OFF「 NAFL 日本語教員試験対策セット」

検索関連結果

全ての検索結果 (0)
漢字の面白さを発見しながら学べるテキスト、『どんどんつながる漢字練習帳』

前回のコラムでは、長年、試行錯誤を続けた私の取り組みについてお話ししました。今回は、その集大成として生まれた『どんどんつながる漢字練習帳』を具体的に紹介するとともに、どんな授業を行えば学習者が能動的に漢字学習に取り組めるかについて考えたいと思います。(鈴木英子:(公財)宮城県国際化協会地域日本語教育アドバイザー)

『どんどんつながる漢字練習帳』の最も大きな特色とは

現在の日本語教育は、外国語教育の影響を受けて、文法重視の教授法からコミュニケーション重視の教授法へと方向転換してきました。一方で、漢字指導の分野は、書いて覚える伝統的な教授法からなかなか抜け出せないでいるように感じます。私たち日本人は子どもの頃からペンだこができるほど「書く」という行為を繰り返して、漢字を身に付けてきたため、「漢字は書いて覚えるもの」という意識が、外国人学習者の漢字指導を考える上でも、大きく影響しているのだと思います。
しかし、そうした忍耐を要する学習方法では、せっかくの漢字の魅力が伝わりません。教師はもっと学習者の視点に立って、分かる楽しさや学ぶ喜びが味わえるようなワクワク感のある授業作りをしていきたいものです。そのために試行錯誤して作成した教科書が『どんどんつながる漢字練習帳 初級』です。

179_22

『どんどんつながる漢字練習帳 初級』の最も大きな特色は、学習する漢字のカテゴリー分けにあります。漢字は、ある部品をもとに別の漢字が作られている、例えば「大→太・天・夫・央・・」「隹→進・集・雑・難・離・・」のようなものが、たくさんあります。本書はここに視点を置いて、新たに学習漢字のカテゴリーを組みました。これまで教師が意識して教えない限り、学習者は一つひとつの漢字を別々に暗記しなければなりませんでした。しかし、この練習帳では同じ意味の部品でつながる漢字を仲間として、体系的に効率よく学べるようにしています。
日本語の授業は、基本的に「導入」→「練習」→「活動」という流れで進みますが、漢字の授業では、特に「導入」が重要な鍵となります。漢字について何も知らない学習者が、漢字の意味を理解して「そうか、分かった!」「漢字は面白そう!」と興味を持てば、学習者のやる気に火がついて、「もっと知りたい」「覚えたい」という気持ちも湧いてくるはずです。毎回そうした「分かる楽しさ」をたっぷり味わいながら、気付きや発見のある学び方を重ねることで、漢字学習は能動的な学習へと変化していきます。『どんどんつながる漢字練習帳』では、学習者が「漢字は面白い!」と感じられるように、そして楽しみながら漢字の知識を増やしていけるように、それぞれの漢字にイラストと意味の翻訳を付けています。
作成段階で最も苦労したのは、成り立ちの説明です。漢字によっては、正しい成り立ちを伝えようとすると学習者には難解過ぎるもの、漢字の解釈に諸説あるもの、旧字体から新字体になり原義を失っているものなどが、少なくありませんでした。そんなとき、『漢字の教え方』(アルク)の著者、武部良明氏が自身の漢字図形論について「字源の立場からすれば明らかに誤りであっても、字源学者を養成するのではなく、日本語の中での漢字を習得させるのが目的」と書かれていたのを読み、ようやく気持ちを切り替えることができました。一番大事なのは、記憶の助けになること。学習者はできるだけ早く漢字を習得しなければならないのです。それからは、どうしても説明が難しいものは、便宜的な解説を参考にしたり、自分なりのアイデアを加えたりして、学習者にとって覚えやすくなるように工夫しました。

練習問題も漢字のつながりを整理したり、文中の使い方や漢字の違いを見分けたりする多様な問題を用意しました。漢字の一部を消したものを正しく再生する、間違っている漢字を探して正しく書き直すなど、単に書いて覚えるのではなく、クイズを解くような感覚で楽しく取り組めるようにしています。
覚える努力は、学習者自身がしなければなりませんが、授業では、漢字を整理して記憶に残りやすくするための練習をたっぷり行うことが大切です。『漢字授業の作り方編』(アルク)には、学習者の頭が活発に働くような練習方法を具体的に紹介していますので、効果的な活動のためにお役立てください。

179_26

『どんどんつながる漢字練習帳 中級』で加えた「音」という共通要素

初級の教科書を作ってから、「この方法でもっと漢字を覚えたいです」「早く続きを作ってください」との要望をたくさんいただくようになり、そうした声に励まされて『どんどんつながる漢字練習帳 中級』を作成することとなりました。初級では、漢字の「形」と「意味」に着目してカテゴリーを組みましたが、中級では、もう一つの構成要素である「音」の力を活用して学習できるように工夫しました。
例えば、「交」は、人が両足を交差させて組んだ形で、「交わる」という意味を表しています。この「交」を共通の部品として「校・効・郊」などの漢字がつながりますが、これらは部品だけでなく、「コウ」という音でも仲間の関係を築いています。このような意味を表す部分(木・力・阝)と、意味に加えて音も表す部分(交)を組み合わせた形声文字は、常用漢字の中で最も多く6割以上を占めています。学習が進めば進むほど、形声文字は増えていくのです。そのため、部品だけでなく、音でつながる漢字も仲間にして整理することで、学習者が感じている読みの複雑さに対する負担感を少しでも軽減できるように、併せて形声文字の有用性に気付けるよう試みました。「音」を意識することで読み方が判断できると分かった学習者は、「覚えるためのヒントが増えて良かった!」と、新しく出合う熟語も積極的に推測しながら読むようになりました。漢字のしくみがしっかりと理解できれば、漢字語彙を増やすことにもつながります。

漢字教材には、学習の目的やレベルなどに合わせて、さまざまなアプローチがあります。今回紹介した『どんどんつながる漢字練習帳 初級』『同中級』は、非漢字圏の初級学習者はもちろん、学習が進んだ初中級の人が、習った漢字を整理するのにも適しています。また、漢字学習にストレスを感じている人にも、漢字の面白さを発見しながら効率よく学ぶ新たな方法として、是非、活用してもらいたいと願っています。

漢字の魅力を伝え、学習者のモチベーションを高める

初めて漢字を教えてから久しくなりますが、これまでの貴重な学び合いを通して痛感しているのは、漢字学習は教師の工夫次第で、学習者のモチベーションが大きく変わるということです。
例えば、初心者が山に登るとき、その山を熟知している人に案内してもらうと、単独では知り得ない山の魅力や登り方のコツを深く理解することができます。漢字学習もまた、同行者である私たちが漢字の魅力や覚え方のコツをうまく伝えることができれば、学習者は興味を持って自発的に学んでいけるはずです。

先に紹介した武部良明氏は、著書の中で「教師の本当の役割は、教えることではなく、学習者の学習を助けることだ」と書かれています。「実際に教えていると、漢字について次々と覚えていく学生がいる。一方に、なかなか覚えない学生がいる。前者は漢字習得の要領を悟った学生であり、後者はその要領が分からず迷っている学生である。その場合に、早くその迷いから抜け出させ、悟りの境地に導く、これが教師の役割であり、それが学習者の学習を助けるということなのである」。さらには「できない学生を教えるのが、教師の腕の見せどころで、テストの成績が悪いのは教師の教え方が悪かったのであり、教え方に工夫を凝らすべきである」と心にズキンとくることも書かれています。この本は、私が初めて漢字を教えた頃に出合った本で、今もなお心に刻んで授業に臨んでいます。

今年の初め、日本の小学生たちに漢字の話をする機会がありました。小規模校で1年生から6年生までの全児童が対象。しかも時間は80分、通常の授業の2時間分です。果たして低学年の子どもたちが最後まで集中できるかとドキドキ感満載でしたが、対話形式で進めていくと、みんな目をキラキラさせて「はい!」「はい!」と手を挙げながら、最後まで積極的に参加してくれました。後からいただいた文集には「すごく漢字は面白いなと思いました」「今まで私は身近にある漢字の意味をほとんど知らなくて、今回知ることができて「なるほど!」や「へえ~」と興味を持ちました。家で自学をする時に調べてみたいです」「漢字はとても嫌いでしたが、今日の授業で漢字の成り立ちや部首のことについて知ることができ、漢字が大好きになりました」「今まで漢字はたくさんあって覚えにくいなと思っていたけど、漢字の成り立ちを調べながら楽しく覚えていきたいです」など、涙が出るほど嬉しい感想がたくさん書かれていました。やはり、漢字の魅力が分かれば、だれもが興味を持って「もっと知りたい!」という気持ちになるのだと、子どもたちははっきりと教えてくれました。子どもでも大人でも、日本人でも外国人でも、みんな同じなのです。

漢字の意味が分かった瞬間、学習者の顔はぱっと輝いて明るくなります。その表情を見るだけで、私の心は躍り、とても愉快な気持ちになるのです。笑顔は言葉より多くのものを伝えてくれます。是非、皆さんにも、この醍醐味をたくさん味わっていただきたいと願っています。

執筆/鈴木英子(すずき・えいこ)

(公財)宮城県国際化協会地域日本語教育アドバイザー、東北中国帰国者支援・交流センター日本語講師。元国語教師で、28年前、初めて日本語ボランティアとして漢字クラスを担当し、「国語教育」と「日本語教育」の違いを痛感する。以降「教室が楽しい」「日本語も漢字も面白い」と思ってもらえるような授業作りを目指して模索を続けている。
著書に『使って覚える楽しい漢字』((公財)宮城県国際化協会)共著、『日本語教師の7つ道具シリーズ2 漢字授業の作り方編』(アルク)共著、『どんどんつながる漢字練習帳 初級』『同中級』(アルク)共著。
漢字教育士。第2回白川静漢字教育賞 最優秀賞受賞。

関連記事


この春始めたい!日本語教師がちょっと知っていると役に立つ、英中韓以外の外国語は?

この春始めたい!日本語教師がちょっと知っていると役に立つ、英中韓以外の外国語は?
日本語教育機関で各国から新入生を迎える季節です。あいさつやよく使う言葉など、学習者の母語を少しだけ覚えてみませんか。学習者の母語として多い、インドネシア語、ベトナム語、ポルトガル語、スペイン語についてのご紹介記事です。

教案を作る本当の意味とは? 『今すぐ役立つ!日本語授業 教案の作り方』発売!

教案を作る本当の意味とは? 『今すぐ役立つ!日本語授業 教案の作り方』発売!

2016年に発売し好評を博した『日本語教師の7つ道具+(プラス) 教案の作り方編』が、シリーズの引っ越しを経て『今すぐ役立つ! 日本語授業 教案の作り方』(日本語教師ハンドブックシリーズ)としてリニューアルしました。担当編集者が感じたことや本書の特長についてお伝えしたいと思います。(編集部)...


【連載】教科書について考えてみませんか-第4回 「わかる」から「できる」へ

【連載】教科書について考えてみませんか-第4回 「わかる」から「できる」へ
2011年4月から『月刊日本語』(アルク)で「教科書について考えてみませんか」という連載を掲載してから10年。2021年10月に「日本語教育の参照枠」が出て以来、現場では、コミュニケーションを重視した実践への関心が高まり、さまざまな現場で使用教科書の見直しが始まっています。

【連載】教科書について考えてみませんか-第4回 「わかる」から「できる」へ

【連載】教科書について考えてみませんか-第4回 「わかる」から「できる」へ
2011年4月から『月刊日本語』(アルク)で「教科書について考えてみませんか」という連載を掲載してから10年。2021年10月に「日本語教育の参照枠」が出て以来、現場では、コミュニケーションを重視した実践への関心が高まり、さまざまな現場で使用教科書の見直しが始まっています。

日本語教師プロファイル嶋田和子さん―主体性と創造性が活かせるこんな楽しい仕事はありません!

日本語教師プロファイル嶋田和子さん―主体性と創造性が活かせるこんな楽しい仕事はありません!

2024年最初の「日本語教師プロファイル」インタビューでは、東京都中野区にあるアクラス日本語教育研究所にお邪魔して、代表理事の嶋田和子先生にお話を伺ってきました。日本語教育界にとって一つの変革の年である今年、嶋田先生はどのようなお考えをお持ちか、是非お聞きしたいと思いました。インタビューは嶋田先生の思いとパッションの溢れるものとなりました。...