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日本語教師が読んですっきり分かる英語の本~『なぜ、英語では「虹は出ない」のか?』

入門期の学習者に日本語を教えていると、媒介語として英語を使わなければならないことがあります。そんな時、「もう少し英語が話せたらなぁ」と思う日本語教師の皆さんも多いのではないでしょうか。30年前に英語教師から日本語教師に転身した著者が、これまでの経験を踏まえて、日本語教育の視点から分かりやすい英語の本を上梓しました。一風変わったタイトルは、『なぜ、英語では「虹は出ない」のか?』。著者の松本隆先生が日本語と英語の違いやそれぞれの特徴、日本語教師が英語などの外国語を学ぶ意義などについて、ユーモアたっぷりにお話ししてくれました。

英語教師から日本語教師への転身

――まず、松本先生のプロフィールを教えてください。

大学(英文科)を出てすぐ高校の英語教師になりましたが、英語についても、教え方についても、未熟さを自覚する毎日でした。向上心だけはありましたので、機会あるごとに英語教員向けの各種研修会に参加しました。いろいろ学んでいくうち自分の無知ぶりをますます痛感し、思い切って高校をやめ大学院(英語学)に進みました。夜は英会話学校でアルバイトをして食いつなぎました。英語を教える仕事ではなく、日本語教師養成講座の雑用係でした。

――『なぜ、英語では「虹は出ない」のか?』の執筆の背景を教えてください。

本書は、英語学習者にとって大変有益な本ですが、日本語教師の中にも英語を学んでいる人はたくさんおり、そのような方々にとっては特に有益であると思いました。それは日本語教師が、日本語の特徴を改めて振り返るとともに、日本語と英語のズレを理解することによって、自身の英語学習や日本語の授業にも生かせると思ったからです。

特に最近は、オンラインでのマンツーマン日本語レッスンでゼロから日本語を学ぶ人に教える日本語を教える機会が増えており、そういう学習者とのやりとり、雑談、フィードバック等においては英語が必要であることから、これまで以上に日本語教師にとっても英語が必要になってきていると感じます。そのような日本語教師の皆さんに役立つことをお伝えできればと思いました。

――先生はなぜ日本語教師になろうと思ったんですか。

ある日本語学校の先生が1週間ほど夏休みをとる間、人手が足りなくなるということで、急遽わたしに声が掛かりました。これがお金をもらって日本語を教えた初めての体験です。それまでに日本語教育についても多少は勉強し、教育実習なども経験していましたので、不慣れで下手ながらも代講のお役目はなんとか果たせました(と思います)。この夏の経験が人生の転機となり、英語教育から日本語教育へと目の向く先が変わっていきました。

日本語教師になって感じたこと、考えたこと

――日本語教師になってみて、それまで携わっていた英語教育について何か考えることはありましたか。

他人様に何かを教える基本はすべて同じだと思っています。それは学ぶ側に立って物事を考える姿勢です。日本語教師に転職した当初は、違う点にばかり目がいきましたが、しばらく教えているうちに、英語も日本語も語学指導という点で共通点が多いことに気がつきました。授業の組み立て方、発問や練習方法といった教師の基本技は、英語でも日本語でも大して変わりません。

――逆に英語教師の視点から、日本語教育についてどう感じましたか。

先ほどの補足になりますが、英語教師から日本語教師に転職した本音として、結局、自分には英語がよくわからない、英語はどこまでいっても外国語だ、という引け目がありました(今もあります)。例えば、just in timeのinはonでもいいのか、というような質問を受けた場合、母語であれば無意識に働く直感が、外国語では機能しにくいことがよくあります。外国語だと例文もなかなか自由に作れませんね。

日本語はその点、自由自在に使いこなせます。例えば、お医者さんに触診されて「痛かったら言ってくださいね、ここ痛いですか」「いえ、そこ痛くありません」という具合に「は」と「が」を自然に使い分けられます。決して「そこ痛くありません」と間違えたりしません。ところが外国人日本語学習者にとって「は」と「が」の使い分けは難点で、上級者でもしばしば取り違えます。英語は意図的に身につけようと努力してもなかなか身につかないのに、日本語は無意識のうちに身についている。母語の能力というのは不思議なものだなぁ、英語ネイティブの感覚に少しでも近づけたらいいのになぁ、とつくづく思います。

――そういった課題意識から本書は生まれているんですね。本書の特色は何ですか。

ネイティブの文法感覚というのは、文法書に詳述されている説明的な規則の羅列でなく、もっと直感的な瞬時に目に浮かぶイメージのようなものではないかと思います。日本語(国語)でも英語でも、文法嫌いの人が多いようですが、それは文法の解説が理屈っぽいせいでしょう。文法用語もわかりにくいものが多いでしょう。言葉を言葉で説明しようとすると、どうしてもクドくなりがちです。丁寧に説明しようとすればするほど、クドさの泥沼にハマっていくんですね。そういう罠に陥らないように、本書では視覚的なイメージを比喩に用いて日英両語を比較するよう心掛けました。

――本書の中も例文として、中学校の教科書の英文を使用したのはなぜですか。

視覚的なイメージで英語の使い分けを、ひと目見てわかるように図解するワザは、中学英語の教科書が得意とするところです。先ほどのinとonの基本概念を、抽象的なイラストを用いて、inは「中」に「入」っているイメージとして、いっぽうonは「接」して密着するイメージとして描き分けたりしています。こういう図解は言葉よりも饒舌に、inとonを使い分ける基本を語ってくれます。

just in timeはぎりぎり電車に間に合った、かろうじて車「内」に「入」れたという否定的なニュアンス、just on timeは時間ぴったり、時刻表どおりの運行という肯定的なニュアンスを含むと、ある米国人日本語学習者が何かの折りに教えてくれました。中学で学んだ(はずの)知識がしっかり身についてさえいれば広範囲に応用が効きます。あやふやなままだと、応用しようにも、基本が出来ていないのではどうしようもありません。英語の基本はすべて中学の教科書に載っている、と言っても教科書の褒めすぎにはなりません。

日本語は意外と「自己チュー」?

――執筆時に苦労されたこと、エピソードなどあれば教えてください。

苦労したことですか。んー、そうですねぇ…。ええと、ないかな(笑)。あったかもしれませんけど、思い出せません。この本は出来上がるまでに、全体を4回ほど書き直して、やっと仕上げました。大変でしたね、って言いたいんでしょ? ところが、私にとって書き直しはちっとも苦でなく、むしろ楽しい作業でした。ある程度、原稿がまとまると編集の方々に見てもらうわけです。書いている本人の気づかない問題点をいろいろご指摘いただきました。ダメ出しですね。ふつうの人は書き直しを嫌がるでしょ。口に出さなくても、面倒で嫌だなって内心思いますよね。でも、モノは考え様です。やり直しは罰ではなく、努力の成果がご褒美として本人に戻ってくるんです。結局この本も書き直すチャンスと時間をもらったお陰で、最初の原稿よりずっと読みやすくなりました。

それから、書名も二転三転して、いろいろな案が浮かんではボツになって消えていきました。もともとは、英語嫌い克服本とか、中学英語の学び直し本といった類の書籍をイメージして書き始めました。いろいろ紆余曲折を経ましたが、英語のネイティブ感覚を基本からしっかり学び直そう、という理念は当初から一貫しています。英語学習再出発のススメ、それがこの本です。英語をやり直す楽しさを発見してもらうヒント集です。

――本書を執筆して改めて感じた「日本語の特徴」「英語の特徴」は何ですか。

この本を書き、編集の方々と話し合うなかで、日本語は意外と「自己チュー」だなという認識が強まりました。自己中心的なのは英語のほうじゃない? と思われるかもしれませんが、その逆ですね。例えばgiveっていう動詞、よく「あげる」って訳されますけど、日本語の「あげる」は自分には「あげる」ことができないんです。そんなこと当たり前だろって言われそうですが、英語ではGive me a chance.とか言えるわけです。日本語だと「チャンスをください/くれ」になりますね。「あげる」でなく「くれる」になる。「チャンスをあげろ/やれ」だとGive him/her/them a chance.の意味に変わってしまいます。つまりgiveは「あげる」でもあり「くれる」でもあって、誰から誰に対しても公平に使えます。

いっぽう日本語の「あげる」は自分に対しては使えない、また「くれる」は自分(かその仲間)にしか使えない、という面倒な使い分けの規則があるんですけど、普段ほとんど意識せずに使っていますよね。ですから「くれる」とgiveが対応していると聞くと一瞬とまどいを覚える人も少なくないと思います。いずれにしても「くれる」は自分を特別扱いする語の代表例で、この類の自己中心的表現が日本語には結構多いんです。

――日本語教師が外国語を学ぶ意味は何でしょうか。

さきほど触れたことと関係しますが、何事であっても、教える人は学ぶ人の視線で物事を捉える必要があります。学習者の痛みを共有できる教師が、やっぱりいい先生だと思います。ともに泣き、ともに喜ぶ、っていうんですかね。とにかく並大抵の努力じゃ外国語なんてマスターできませんから、学んでいく過程では涙の一粒もこぼしたくなりますよ、誰だって。

ところが母語である日本語を教えていると、ついそのことを忘れてしまうんです。こんな簡単なことがどうしてわからないんだ…、それはこの前教えただろ…、いつも同じ間違いばかりして…、覚えの悪いやつだ…、とは言わないまでも学習者と気持ちが離れていきがちになります。学習者の痛みに共感できる最良の方法は、自分自身その痛みを味わうことです。教師も外国語を学ぶことですね。うまいに越したことはありませんが、語学が得意でなくても構いません。学ぶ痛みを味わうという意味では、苦手意識を抱えつつ、さらに上を目指し続けることこそ、いい修行であり自己研鑽になります。

――日本語と英語を比較する日英対照研究から得られることは何でしょうか。

日本語と英語はあまりにかけ離れた言語ですので、差異が際立ちます。英語に照らすことで日本語の特徴が浮かび上がってきます。さきほどの「やりもらい」の例も、英語だとgiveとgetの2系統が基本になりますが、日本語は「あげる(やる)」と「もらう」のほか、もう一つ曲者の「くれる」が加わり3系統になります。あるいは、英語ならthisとthatの2つで済むところを、日本語では「これ」と「あれ」に加えて「それ」が絡んできて話がややこしくなります。日本人はややこしいと感じませんが、外国人はややこしいと言います。日本語で当たり前のことが、英語では当たり前じゃない。逆に、英語で普通のことが、日本語で特殊だったりします。ふだん気にとめない日本語の姿を映し出すのに、英語はいい鏡になります。

――日本語教師が外国語(英語)を学んでいると、どんないいことがあるでしょうか。

まずは実用性が挙げられます。英検1級合格とかTOEIC 900点とか履歴書に書けると就活のとき有利ですし、とにかく外国語ができると何かと便利です。利便性の面で外国語は現実の世界を広げてくれるわけですが、同時に心の中の世界も広げてくれるのが語学のいいところです。個人的な話で恐縮ですが、わたしの場合、手話との出会いが言語観を大きく広げてくれました。言語は音声である、という偏った既成概念を抱いていたせいか、手話は意思疎通の手段であっても言語ではない、と何となく思い込んでいたのです。ところが、聞こえない方々の手話に接し、教えを乞ううちに、自分が無理解であったこと、もっと言えば偏見に囚われていたことに気づかされました。言語観を自ら狭め、濁った目で世界を見ていた自分を恥じました。目からウロコ、とはこのことだなと思いました。

――最近、日本語教師にとって英語の必要性が高まっていることを感じますか。

日本語学習者層の厚みという意味では、中国語や韓国語やベトナム語などができると実利的です。英語を母語とする学習者は世界的にみると少数派の部類です。しかしそれは、グローバル言語としての英語の地位を低めるものではありません。フィリピン出身の学習者が、日本に来たら日本語より英語のほうが上手になった、と冗談半分に言っていました。その人の日本語は入門レベルで、あまりにたどたどしいので、日本人と話すときは英語になってしまうようです。タガログ語(その人の母語)ができる日本人なんて、まずいませんから、共通の言語となると、やはり英語ということになるわけです。英語が世界を席巻することの是非はおくとして、世界の人々を相手にする日本語教師にとって英語はやはり必須科目(選択科目じゃなくて)に違いありません。

英語の教科書は日本語教材作成のヒント

――日本語教師には本書をどのように活用してほしいですか。

中学英語の総合的な「教科書ガイド」として読んでいただけたらと願っています。この本はもともと英語を基本から学び直してネイティブ感覚に迫ろう、そのためにまず日本語から反省しよう、という趣旨で企画されました。ですから例文は、ほとんどを検定教科書から借用しています。英語のツボを紹介するのが本書の役目で、基礎文法すべてを網羅的に扱っているわけではありません。

この本で学び方のコツをつかんだ後は、ぜひ中学の英語教科書で段階的・網羅的に英語の基礎を積み上げていくことをお勧めします。今どきの検定教科書は、内容がいいのはもちろんのこと、全ページがカラーで美しく魅力的に構成されているので、眺めるだけでも楽しめます。語学教師であれば、教科書の随所に作成者の工夫を発見することでしょう。ただ1つだけ難をあげれば、主要な登場人物がみんな中学生だということくらいでしょうか。しかも良い子ばかりです。悪役がいないのがストーリーとして盛り上がりに欠けるところです。その点さえ目をつぶれば、英語を基礎からおさらいするには、もってこいの教材です。

日本語教師にとってさらにいいのは、中学英語の教科書は、初級の日本語教材を作る際のいいお手本にもなる点です。教え方のヒントも得られます。一石二鳥で、しかも安い。本書『なぜ、英語では「虹はでない」のか?』の後には、ぜひ中学英語の検定教科書をご覧ください。

――ありがとうございました。

こちらこそ、どうもありがとうございました。

松本 隆(まつもと・たかし)

アメリカ・カナダ大学連合日本研究センターで30年間にわたり日本語教育に従事。その前は高校の英語教師など。今は清泉女子大学などで日本語教師養成にたずさわる。日本人向けの読み物に『韓国語から見えてくる日本語:韓流日本語鍛錬法』(スリーエーネットワーク)、『日本語教師必携ハート&テクニック』(アルク)、『この言葉、外国人にどう説明する?』(アスク出版)など。また外国人向けの学習書に『合格できる日本語能力試験N4・N5』(アルク)、『わかる!話せる! 日本語会話基本文型88』(Jリサーチ出版)などがある。