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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

介護の日本語の専門家を目指す

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新型コロナは社会のさまざまなところに影響を及ぼしています。その一つは、国を越えた人流が止まったこと。現在、外国人人材、留学生はほぼ日本に入国できなくなっています。一方、日本国内の介護業界の人手不足感は更に高まり、それに伴って新しい動きも出てきているようです。今回は介護の日本語の現状と特色について、大原学園で「介護の日本語」教師養成コースの講師を務める三橋麻子さん、丸山真貴子さん、そして大原学園の吉岡久博・日本語教育センター長に話を聞きました。

日本国内の外国人介護人材の動き

編集部:2021年4月現在の外国人介護人材の受け入れの状況はいかがでしょうか。

吉岡:日本国内の介護施設で既に働いている外国人人材に対する日本語教育は、以前は介護施設に日本語教師が出向いて行っていましたが、今はオンラインに切り替えたところも多いようです。

編集部:海外からの受け入れはいかがでしょうか。

吉岡:現在のところ、海外からの外国人人材の受け入れはストップしています。これは技能実習生も特定技能も同様です。一方、既に日本にいる外国人、例えば留学生や技能実習生が特定技能にビザを切り替えて、介護業界に入ってきています。

編集部:特定技能では、介護技能評価試験、介護日本語評価試験の2つの試験に合格しなければならないのですね。

吉岡:試験は海外(フィリピン、カンボジア、ネパール、インドネシアなど)で先行してスタートしたのですが、2019年10月から日本国内でも実施されるようになりました。2020年4月からは日本国内の受験資格が拡大され、それまでは過去に中長期在留者として在留した経験が必要だったのですが、受験を目的として「短期滞在」の在留資格により入国して受験することが可能になりました。

編集部:受験者は増えているのですか。

吉岡:2019年10月の介護日本語評価試験の受験者は50人でしたが、直近の2021年3月の介護日本語評価試験の受験者は1,852人と大幅に増加しています。特に2020年の5月に165人だったのが6月には537人と受験者が急増しました。

編集部:これはコロナによる社会・経済状況の変化が大きな影響を与えているのかもしれませんね。

 

参考:厚生労働省 介護分野における特定技能外国人の受入れについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_000117702.html#link6

「介護」の専門家ではなく「介護の日本語」の専門家

編集部:三橋さんや丸山さんは、いつ頃から介護の日本語に関わっているのですか?

三橋:私たちは2009年からEPA*1で来日した介護福祉士候補生への日本語指導を通じ、専門日本語としての「介護の日本語」の必要性を痛感し、それ以来、カリキュラムや指導法の研究と実践を続けています。

編集部:介護分野の専門知識というと医療や法律など、いろいろと難しそうなイメージもありますが、どうなのでしょうか。

丸山:私たちは「介護」の専門家ではなく「介護の日本語」の専門家として関わることになります。ですので、特に介護の特別な専門知識や介護の資格が必要というわけではありません。私たちも、初めは介護については何も知らないところからスタートしています。

編集部:それを聞いて少し安心しました。「介護の日本語」の専門家になるには、どういったことを勉強する必要がありますか。

三橋:私たちは長年の実践に基づき、「介護の日本語」の専門家として必要なことを、以下の4領域にまとめています。

  1. 専門用語
  2. 基本的な専門知識
  3. 日本の生活知識
  4. コミュニケーション

介護の日本語の4領域

編集部:介護の日本語の4領域について、一つひとつ教えてください。

丸山:まず専門用語ですが、介護の現場ではさまざまな言葉が使われます。外国人介護人材は、まずこれらを理解しなければなりません。必要な言葉を挙げればきりがないのですが、私たちはテキストや国家試験問題から、はじめに最低限必要な言葉を2,700語抽出し、そこから介護の専門家のご意見なども聞きながら1,500語に集約しました。この言葉が分かれば、これを発展・応用した高度な言葉も理解できると考えています。

編集部:介護の現場ではお年寄りが理解できる言葉を使わなければならないでしょうし、その一方、介護福祉士国家試験などでは難解な専門用語も使われるでしょうから、「介護の日本語」においては、まず専門用語が大事なんですね。

三橋:次に、基本的な専門知識ですが、これは先にもお話ししたように、介護の専門家のように深い知識が必要なわけではありません。ただ、介護現場で必要となる最低限の知識は、日本語教師にも必要です。例えば、「認知症」と言った時に、「認知症とは脳の神経細胞が破壊・減少して日常生活が正常に送れなくなること」ぐらいまでの知識を持っていれば十分で、加えて、一般的に知られている認知症の種類や症状は、基本的な知識として学べるといいと思います。ただ、より詳しい種類原因や症状、予防法といった医療・介護分野の専門知識までは不要です。また、専門用語と専門知識の違いとしては、専門用語は別の単語で言い換えられるもの、専門知識は1文で説明できるようなものになります。

編集部:具体的に示していただき、大変よく分かりました。次に「日本の生活知識」とは非常に幅広いと思うのですが、これもどのような知識が必要なのか、具体的に教えていただけますか。

三橋:「生活知識」というと、文化・習慣、年中行事など、日本事情の領域のフォローかと考えますが、ポイントは施設の利用者の方々との日常会話、雑談の中で必要とされる知識なんです。テレビを見ていたりする時の会話で「高校野球」とか「相撲」など。また、着替えをしているときの会話、食事中の雑談などに日本の生活知識の学習の項目があります。

丸山:そうですね、いくつかエピソードをご紹介します。介護施設で働く外国人人材が利用者との会話の中で、「甲子園」「宝塚」と聞いたとき、場所の名前だということはおろか、そこから「高校野球」「宝塚歌劇」の映像はイメージできませんでした。

三橋:利用者とはその日に身に着ける物のこともよく話題になります。その際に利用者から言われる「あずき色」「藤色」「肌色」「らくだ色」「ねずみ色」といった色の名前は、一般の日本語教科書にはあまり出てきません。こういった、介護施設などでよく話題になることについての知識は大切です。

編集部:利用者は高齢の方ですから、そういった世代の方が使う言葉や関心のある話題についての知識が必要なんですね。

丸山:そうですね。それが普段の仕事にも、生活にも役立ちます。どんな生活知識が必要なのかは、これまでEPA介護福祉士候補者の方やスタッフの方から、よく質問されたことをまとめてきました。

三橋:4領域の最後のコミュニケーションは、もちろん利用者への声がけや相づちといったことも大切ですが、それに加えて、同じ職場で働く人とのコミュニケーション、例えば日本語での記録や申し送りといったことも非常に重要なものになります。

最終ゴールはコースデザイン

編集部:これまで介護の日本語に関わっていて、どんなことにやりがいを感じますか。

丸山:施設入職時は頼りなかった学習者が、しばらくすると日本語を生き生きと話して、施設の大きな力になっているように、その成長が明確に見て取れるのがうれしいですね。それに、介護施設の日本人スタッフの方々が、外国人スタッフの日本語コミュニケーションについて悩んでいるときに、「介護の日本語」の専門家としてアドバイスさせていただき、それによって施設全体のコミュニケーションが良くなっていくことを見ると、とてもやりがいを感じます。

編集部:お二人が関わっている「介護の日本語」教師養成コースでは、どういったことを重視して指導をされているんですか。

三橋:「介護の日本語」教師養成コースでは、先に上げた4領域の内容を理論編と実践編に整理して学んでいただきますが、講義だけでは現場のイメージがわかないので、できるだけエピソードや経験を交えながらお話しするようにしています。それに加えて参加者同士のグループワークも重視しています。

編集部:それはなぜですか。

丸山:参加者の中には、現在介護施設で働いていたり、介護分野で既に介護福祉士などの資格を持っていてこれから日本語教師をしようという方もいらっしゃいます。そういう方も交えてグループワークをすると、介護現場の実情も分かり、またさまざまな意見が出て大変盛り上がります。

三橋:「介護の日本語」教師養成コースは、最終ゴールを「自分でコースデザインを考えられるようになること」としています。これは、介護現場によって規模や条件はさまざまなので、その与えられた条件の中で、最善のカリキュラムを自分の頭で考えられるようになることが大切だと思うからです。

編集部:介護現場は今後も引き続き人手不足が続くと思われます。介護施設にとって外国人人材はとても大切な存在ですし、その外国人人材を「介護の日本語」の専門家として支えられる日本語教師の需要は高いと思います。本日はありがとうございました。

 

大原学園「介護の日本語」教師養成コース(2021年6月開講)
https://www.o-hara.jp/course/nihongo_kyoshi/course_detail?id=4801

*1:EPA:経済連携協定