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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

追悼・新宿日本語学校江副隆秀先生(前編)―常に進化を目指した独自の教授法

日本語学校における日本語教育。その黎明期より中心となって活動してこられた新宿日本語学校の江副隆秀校長が2024年12月18日、癌のため73歳で逝去されました。日本語教育の法制化が進み、日本語学校も新しい時代を迎えるこれからという時の旅立ちで残念としか言いようがありません。以前の勤務校である新宿日本語学校を訪問し、息子さんの江副カネル隆二さん、森恭子先生に江副校長の考えていらっしゃったこと、思い出などについてお話しいただきました。(取材:仲山)

実録!江副式授業

――この度は、本当に残念なことでした。実は江副先生にインタビューをお願いしたいと思っていたところで。体調がすぐれないと聞いていましたが、こんなに早くとは思っていませんでした。

隆二:そうでしたか。

――江副先生の業績は皆さんご存じだと思いますが、先生のお考えや実践を、より多くの方に知っていただきたくて今日は伺いました。江副先生の授業ってどんなものだったのでしょうか。

森:校長先生は、理論を聞いて理解するというより、見て反応することを期待していたのだと思います。学習者に説明をして理解したから、はい、次話してみましょうというやり方ではありません。絵や動作を見せて、この言葉が必要なんだから言っちゃいましょう、みたいなやり方です。

たとえば「おはようございます」を一番最初にやるんですけど、太陽のカードを見せて、説明もなく「おはようございます」と言ってしまう。ここは校長先生の独特のコミュニケーション能力で朝は朝らしく、昼は昼らしく、晩は晩のように言うんですけど。始まって1分もたたないうちに「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」を学習者同士が相互に言っている形にもっていっていましたね。

授業には江副式のカードを使います。これさえあれば怖くない。たとえば新人の先生だと、最初に教室に入った時に、みんなにどういう風に言うかわからないことがありますよね。出席をとるのか、挨拶をするのかとか。ところが校長先生はこのカードをすっと出して、いきなり「朝、昼、晩、夜」とやりだすんです。すると、学習者はなんかよくわからないけど、「朝、昼」と言い始めます。さらに「おはようございます」「おはようございます」と。

(私から見ると、ちょっと滑舌悪いな、もうちょっとはっきり言ってほしいなという目線でみてしまうんですけど)校長先生はとにかくニコニコしながら、どんどんやりとりしていきます。そうすると、あっという間に挨拶ができてしまう。これで最初のつかみはOKです。先生はそれを長くやらないんです。私たちだったら、導入しました。じゃあ練習してみましょう。それで確認しましょうっていうのがセオリーなんですけど。校長先生は全然違っています。1分ぐらいやったらまた全然違うことを始める。突然「行きます」をやったり「来ます」をやったり、でまた「朝昼晩」に戻るみたいな、行っては戻り、行っては戻りというやり方。

そういうやり方が私たちにもできるでしょって言われるんですが、できないですよ。なぜかというと校長先生のパフォーマンスだから。コミュニケーション能力、対応力でばあーっと進んでいってしまう。見よう見まねでやってちょっと成功すると、あ、こういうことだったんだと体得するということがありました。

自分で辞書を作っていく「江副式文法ノート」

――今、日本語の教科書でマンガやビデオを使うということも一般的になっていますが、新宿日本語学校では30年以上前からコマ漫画や動画も使っていたのですね。

森:ええ、ですから教師は場面の導入を自分でする必要がありません。動画を見て場面を理解し、コマ漫画を見ながら会話をリピートしていきます。今考えるとかなり先駆的なことをやっていましたね。

――また、江副式文法ノートというのも他の学校にはないものだと思いますが。

森:先生のお話だと、インドシナ難民の方が来た時、自分の国できちんと勉強したことがないという人がいたんですね。そういう学習者にどう文法を定着させるかと考えた時、先生には難しいもの、面倒なものは最初からやらなくちゃダメというお考えがあった。品詞分類、うちよそ、漢字も最初からやれと言っていました。ある程度いろいろ分かってから文法をやるのではなく、最初の日から同時並行的にやっていました。ひらがなもまだ書けないのに、文法ノートを書く。何故なら必要なんだから。これから日本語を身につけていくのに必要なんだから、やらなきゃだめなんだ。文法が必要なんだ。と言っていました。それを自覚させるという感じ。

学習者が、あんまり分かっていないけど、動詞は動詞のところに、名詞は名詞のところに書く。動詞は緑、名詞は黄色と色分けされて、色で分かるようになっていました。それで、ある日、「あ、僕の文法ノートに形容詞がこんなにある。40もある。動詞が50もある。こんなに勉強したんだ」と分かる。それが自分の辞書になる。自分で辞書を作っていくわけです。

「うちよそ」は初級から

――敬語をすごく早い段階で教えるのも新宿日本語学校の特徴ですね。ここでは「うちよそ」と呼ばれていましたが。

森:イラストを見せることと、「アクション」と呼ばれる動作を使って理解させていました。言葉を聞いて意味を理解して記憶するのは難しい。しかし動作と言葉を結びつけると、より簡単に覚えられるという考えでした。敬語の細かい分類もありますが、ここではシンプルにニュートラルな言葉があったら、自分のことを言う時は「うち」の言葉、あなたのことを言う時は「よそ」の言葉ということを動作と一緒に教えていました。

例えば「食べます」はニュートラルな言葉、それに対し自分の時は両手で自分側を指して「いただきます」、相手のことを言う時は両手を外側に向けて「めしあがります」のように言います。ほかに「留守」「留守」「お留守」とか、「忙しい」「忙しい「お忙しい」など、すべての品詞に「うちよそ」があると考えていた。最初から「お国はどちらですか」のように「うちよそ」を入れた会話をやっていました。これも「国」「国」「お国」として教えています。それで「「お国はどちらですか」「国は○○です」という会話ができます。時々学生が「おにくはどこですか」なんて間違えることもありましたけど(笑い)常に実際に話すことを意識されていましたね。

一つの文があったら必ず質問のほうも練習していました。例えば「ケーキを食べます」を勉強するなら「何を食べますか」、「2時、3時」を勉強するなら、「何時ですか」等、必ず質問と答えをセットで練習するようにしていました。教師がいつも質問をして、学習者は答えるだけにならないようにということです。

長い形と短い形

――「食べます」に対する「食べる」、「行きます」に対する「行く」等の形は普通形と呼ばれて、一般的な教科書では初級でもかなり学習が進んでから導入されますが、新宿日本語学校の場合は初級のごく早い段階から導入されます。それについてはいかがでしたか。

森:私がこの学校に入った時は、動詞の長い形(丁寧形のこと)を教えて、1か月経ってから短い形(普通形)を教えていました。それでもかなり早かったと思います。しかしある時から、同じ日に教えるようにと言われました。説明はしないんです。動詞のカードを見せて、長い形、短い形というだけ。学生はなんだか分からないけど。今日、明日、明後日という言葉を学んで、この言葉で、今より未来、過去というのが分かったら、動詞は「ます」「ません」「ました」「ませんでした」と全部言ってしまう。それに短い形も。「行く」「行かない」「行った」「行かなかった」もやってしまいます。

初めは、えーそんなのとんでもないと思ったんですけど。校長はそれがフォーマル、インフォーマルとか、会社で話す、友達同士で話すとか、あんまりそういうことは言いません。ただ長い形、短い形。長い形は文末に来る。短い形は文中に入るということはカードを使って見せます。カードを示しながら教えると、学習者は、あ、短い形は文法なんだということが分かるんです。わりとシンプルに長い形、短い形が理解されるようです。

――最初から日本語の動詞にはそれらの形がある。あるんだから覚えなければいけない。という考えだったんですね。

森:校長先生は、丁寧形を学んでようやくできるようになった頃に、いや実はね、普通形って言うのもあって、と学習者が言われたらショックが大きい。だったら初めから全部見せた方がいいとおっしゃっていました。小出しにするのが嫌いでしたね。丁寧形をやって、普通形もできるようになった頃、更に敬語を出して「食べます」「食べる」に加えて「めしあがります」もなんて! 一番難しいのが最後に登場。それでは学習者も困っちゃう。だからよく分からないうちに「食べます」「いただきます」「めしあがります」も練習する。そうすると「どうぞめしあがってください」「はい、いただきます」という会話をやって、あ、「いただきます」は自分が食べる時に言うんだというように気づきは後で出てくるんです。出てくる前に教えておく。出てきた時に「あ、あれだ」となるということですね。

その代わり復習を何度もしろ。すべてを見せておいて何度も何度も復習しなさいと。私たちはそれを漆塗りと言っていました。

そんなのできない、学生がかわいそうとかブーブーいう先生もいましたけど。かわいそうなのは学生ではなくて、教師自身だったのではないかとも思います。

学生は意外にすんなり受け入れる

――学生の反応はどうでしたか。

森:そういうものだと思っているので。なぜかというと例えばフランス語だとすごくたくさんの動詞の活用があったりしますよね。

隆二:そうですね。フランス語は動詞の活用がすごく大変。日本語は活用というより、「する」「させる」「させられる」などの次元を理解するのが難しい。なので一つ一つの活用形を覚えるというより、そういうシステムがあることを理解させることができるという点が良かったのではないかと思います。

知らない言語を学んでいる時、あまり他と比較することもないので、そういうものだと思って理解し、使えていたのではないかと思います。

隆二:新宿日本語学校の学生はきれいな日本語を使いますねと言われたことがありました。東ヨーロッパ出身の学生がパーティーで会った台湾の日本語教育関係者に「あなたの日本語はすごくきれいですが、どこで勉強したんですか」と聞かれたそうです。その方がうちにアプローチしてくれて、お付き合いが始まったことがありました。

――初級の段階から「うちよそ」をやっているので、自然に敬語が使えますよね。「○○からまいりました○○と申します」みたいなのはスラスラでる。

森:「敬語」として意識して勉強していなくて初級の最初からやっているからですね。

隆二:わざわざ翻訳して「私は○○と申します」みたいなことはやらなくていいんです。

江副式重箱図

――初級の初めから文の構造を、カードを使って見せるというのも、他にはない特徴ではないかと思います。

森:多くの日本語学校では、文型中心で教えていましたが、実際の日本人は文型を超えて話しています。「昨日、何食べた?」「食べたの?昨日」みたいな会話です。

それなのに「昨日新宿で何を食べましたか」に対して「昨日新宿でおすしを食べました」のように答えないと×みたいなのはおかしいとおっしゃっていました。

それで文型ではなく、基本的な文の構造をカードを使って示そうとなさっていました。国際交流基金の専門家としてブラジルに赴任されていた時にいろいろ考えていたようです。その形もどんどん進化していきました。当初、名詞や動詞の形は決まっていましたが、助詞は○で表していたんです。その後助詞のイメージを形で表したカードも開発されました。

カードを貼って文を示し、文の構造を見ながら、練習したり、学習者自身が文を作ったりもできるわけです。名詞グループは活用がないので長方形、動詞と形容詞は活用があるのでこのような鉛筆型で、このとがった部分が活用を表しています。そして助詞は2列に分かれています。1列目がいわゆる格助詞のグループ、2列目が副助詞ですね。

――重箱図とか重箱カードと呼ばれているのは、どうしてなんでしょうか。

日本語の場合、例えば「毎日、ご飯を家で食べます」という文の「毎日」「ご飯を」「家で」を入れ替えても意味が変わりませんよね。助詞はくっつけておかないとダメですが。お弁当やおせち料理を入れる重箱も、上段下段を入れ替えても中身は変わらない。だから重箱と言うんだそうです。

隆二:実は父はおせち料理が好きだったんです。

――そうだったんですか! それは知りませんでした。

森:あと、校長先生は食器が好きだったからでは? 香港に出張に行って時間があるとすぐデパートに行って、重箱とかオードブルの食器とか買っちゃうんです。私が「この間も買いませんでしたか?」と言っても。

――ご本人が作っていらっしゃったんですか。

隆二:はい。料理が大好きでした。結構上手でしたよ。

森:ブラジルにいらっしゃったからか、オーブントースターで小さなシュラスコをやったりね。うちの学校でお茶漬け屋をやらないかとおっしゃったことがあって。「先生、(学校でやることがたくさんあって)お茶漬け屋なんかやってる場合じゃないですよ」と申し上げましたが。

常にバージョンアップを続ける

――それぞれの助詞のイメージを形にしたところもよかったですね。

森:このカードを作った時、「へ」のカードの矢印の向きをどっちにするかで随分議論したのですが、結局校長先生の意見のままになりました。討論は随分しましたけど。

「で」は範囲を表して、「に」はポイントを表している。これを見ると「に」と「で」が明確に違うことが分かります。

「に」は指すだけ、なので「3時に来てください」「人に会います」とか、「を」は三つあって、対象の「を」、通過を表す「を」、そして場所を離れる「を」があります。

パッと形を見ただけで助詞がイメージできるのはよかったと思います。ただ校長先生にはこだわりが凄くあるんです。いいところだけを出したらもっと受け入れられるのに、と思いますが、それではダメなのですよね。一般化が難しい。

隆二:常に何かを考えていて、進化しているんです。

森:ご本人はそれをバージョンアップと言っていました。でも、私たちにしてみれば、もう決まっているもの、それを教えていかなければなりませんから。次から次へと新しいものが出てくると困ってしまうわけで。どんどん複雑になってしまうということはありました。

カードも初めは1色の無地だったのですが、ピンクのカードに縦の線が入りました。これはいわゆる色盲や色弱の方がベージュとピンクを区別しやすいようにということでした。このようなバージョンアップもありました。

隆二:日本語にはいろんなルールがあって、それをすべて可視化したいという気持ちがあったようです。

(インタビューは後編に続きます。)

取材・執筆:仲山淳子

流通業界で働いた後、日本語教師となって35年。1990年から2017年まで新宿日本語学校でお世話になりました。8年前よりフリーランス教師として活動。