今回の「日本語教師プロファイル」ではオアフ島にあるハワイ大学ホノルル・コミュニティ・カレッジ(HCC)で日本語を教えていらっしゃる平田真由美さんにインタビューをさせていただくことができました。実は平田さんは、以前、この「日本語教師プロファイル」にご登場いただいた加須屋希さんの高校の先生でもありました。いかにしてハワイの大学で日本語を教えることになったのか、ホノルルのダウンタウンにある気持ちの良いキャンパスで、興味深いお話を伺いました。
ハワイに来た経緯
――どうしてハワイで日本語を教えることになったのでしょうか?元々日本語を教えていらっしゃったのですか。
いいえ、1985年にハワイに来たのですが、その時はまったく日本語を教えようなんて思っていませんでした。実は、結婚して来たんです。結婚する前は日本でフリーランスのツアーコンダクターをしていました。最初は旅行会社に入ったんですけど、辞めて、個人でツアープランニングをして。それでアメリカ本土から入ってくる新婚旅行のパッケージの添乗をしていた時に、ここで出会ってしまって…...。
その時からずっとなので、もうハワイは40年になります。
――では、ハワイで日本語教師になったということですね。
そうですね。もともとは日本語教師ではなくて、英語教師でした。大学での専門は英語教育なので。でもハワイに来て最初の仕事は牧場でした。
オアフ島にクアロア牧場ってあるんですけど、ちょうどそこにアクティビティクラブができて、ツアーを作るプランニングの段階だったんです。これからそれを日本の人たちに売りたいので、ツアープランニングをやってくださいということで。ガイドさんのトレーニングとかいろいろやって、面白かったです。
そこは2年ぐらいで辞めまして、その後はアメリカン航空で働き始めました。その頃ANAのチャーター便が入ってくるのにアメリカンが現地の請負をしていました。私はボスと一緒にホノルル空港の現地職員のトレーニングや、オペレーションマニュアルを作りました。本当にゲートの到着案内から出発まで。ローカルの人のトレーニングは大変だったんですけど、皆さん下手でも日本語でアナウンスメントをやりたいって言うんです。その日本語でやりたいという気持ちが凄く大事だと思いましたね。働く人にとってモチベーションが上がる。だからそれはおおいに奨励されるべきかと。
その後、9.11とか離婚とか、いろいろあって。独り立ちしなければいけないということでハワイの公立校と私立校で働くことにしました。その時は英語教師です。採用が英語のポジションしかなくて、英語と日本語と両方教えられる先生ということで採用されました。中学のESLのクラスから10年ぐらい教えましたね。その頃に加須屋希さんと会ったんです。
大学で日本語を教えはじめて
――その後、日本語を教えるようになったのは?
大学のサマースクールの仕事を紹介されて、ハワイパシフィック大学(以下HPU)という大学でしたが、そこから派遣されて、アメリカ軍の基地に教えに行きました。いろんな基地、ヒッカムとかパールハーバー、島の北の方にも遠征しないといけないので大変でした。でも軍の方って目標があるんです。なんで勉強したいのかというと、日本に行きたい、日本の基地へ行きたいという人たちでした。
また、全員が英語が分かるわけではないんですよ。スペイン語圏の方とか。ベトナム人の方で帰化したした方とか。英語は弱い。でも日本が好きなんです。ベトナムの人、タイの人で日本が好きな人が多かったです。びっくりしました。もちろん中国の人も日本が大好き。日本好きな人が多いんだと思いましたね。
その後、本校の日本語コースに空きがあると言われて、そっちに移りました。それが2004年ぐらい。同時に現在のホノルルコミュニティカレッジの方でも日本語会話のクラスを教えてほしいという話がありました。両方の大学を行ったり来たりしながらしばらく教えました。会話のクラスは年齢層が広くて、若い人から中年の人、高齢者の方まで。仕事をしている方、日本に遊びに行きたい方、皆さん目的がはっきりしているので、普通のクラスより活気があったと思います。クラスはいっぱいでした。
それから、ハワイ東海インターナショナルカレッジというのがあって、ローカルの学生さん向けに日本語のサマーコースやりませんかと言われて、やり始めました。家から近いし、いいかなと。今はHCCのクラス二つと東海のクラス一つを持っています。
Flipped Classroom
――日本語の教え方についてはどのように学ばれたのでしょうか。
オンラインの養成講座で勉強したり、本も買って勉強しましたね。もっと知識を得ないといけないと。
語学教育については、日本の大学を出ているだけでは足りないと思って、アリゾナの大学でMAを取って、他にもいくつかの大学のサマーコースを受講しました。
大学で教えるようになってからは研究にも取り組むことができるようになったので、良かったと思っています。ここ10年ぐらいFlipped Classroom(反転授業)についてずっと研究を続けています。コミュニティカレッジというのはわりと内向的な学生が多くて、自分のことをあんまり表現しないんですね。わかっているんだったら、是非ディスカッションに参加してほしいので、それをどうやったらうまくいくかなと思って。反転授業というのは結構効果があります。アメリカン航空にいた時に、語学研修で同じようなことをやって凄く効果があったという経験もプラスになっています。
反転授業は、予習っていっちゃうといやがるんです。「これやってみて」とか「ちょっと見てきて」ならうまくいきます。ビデオは、長いのはダメで10分から15分が限界かな。3、4分のを三つぐらいとかがいいと思います。細かく切ったものを渡しておくと車の中で人を待っている時に見たりできますから。
動画は、最初の頃は自分で作ったんですが、最近は、私が作るよりも他の方が作ったものがたくさんあるので、それを使った方が効果が上がるなと。私が教えているクラスと隣の先生が教えているクラスが同じレベルだったら一つのものでやったほうがいいんじゃないかと思って。クラスに戻ってきてみんなでディスカッションする時はそれぞれの先生のやり方で、クラスに合わせてやっていけば。
ただこれを始めるのに先生方が構えているところがありますね。難しそう、どうやって始めるの? 等、学会でよく言われます。「今やっている授業を入れ替えるだけでいいんですけど」と言っても、えええ? とか。たぶん、まず先生の教育が必要なのかなと思います。
先生の許容量が大きくないとダメです。臨機応変にできないと。マニュアル通りでは、ほんとに難しい。
オンラインクラス
――今はどんなクラスを持っているんですか。
今はHCCでは初心者のクラスと東海で初級後半のクラスです。HCCは、現在はすべてオンラインなんです。でも大学には来ているので、学生には会いたかったら来てくださいねと言っています。朝の10時ぐらいから12時ぐらいはいますよ。というとたまに来ます。やっぱりface to faceで話すと手ごたえがありますね。息が感じられるから。東海の方は対面です。
オンラインのクラスはメリットとデメリットがあります。メリットは、どこからでもできること。他の島の学生やミリタリーの学生で出張中の人もオンラインなら授業を受けられますし。
春休みが始まる少し前に日本に旅行して、札幌のホテルから授業を受けています!なんて学生もいました。
「どう? 日本語話せてる?」って聞いたら「通じる! 通じる!」って喜んでいました。私も勉強したことを実際に使えるっていいなあと思いました。
反対にデメリットとしては、学生の中には自宅がいい環境じゃない人もいるんですよね。オンラインで参加しているんだけど車の中とか、ひどい時はトイレの中とか、自宅で静かな環境がない学生もいる。それはちょっと考えるべきだなと思います。スマホで参加する学生もいますが、スマホのzoomだといろいろな機能が使えなかったりするので、それもデメリットです。
――成績をつけるのは、どうされていますか。
テストはしますが、オンラインなので何か見ながらやっていると思うんですね。辞書とかノートとか。だからもうそれは承知で評価を厳しくしています。作文はやっぱりAIを使って出してくる人がいるので、それを避けるためにAIではできないことを考えてテストを作るようにしました。例えば今週自分がやったことを振り返って三つ書いてください。良かったとこ、難しかったこと、楽しかったこと。等です。
それから新しくオンラインのクラスで出した課題は、学習した内容の質問文を使って、実際にインタューを行い、その様子を動画に撮って提出してくださいというものです。アラモアナセンターとかで日本人のお客さんを見つけて「日本のどちらからいらっしゃいましたか。どんな食べ物が好きですか。」等。動画を撮る時には必ず許可を取ること等、インタビューする前の心得も学生に渡しました。これはハワイだからできると思います。観光客が多いので。でも、いろいろなところから来ていて、方言の方もいると思うので、言葉が聞き取れるかどうか。それもいい勉強だと思うんです。
5月ごろに動画が提出されてくる予定なので楽しみです。それから提出する前にクラスメイトとお互いいビデオを見せ合うように言ってあります。セルフエバリュエーションとピアエバリュエーションです。これも効果があると思います。
ハワイの日本語学習者
――学生さんの学習目的は?
ハワイの学習者は大体接客が目的ですね。ホテルで働きたい。旅行会社で働きたい。それが一番多いですね。あとは日本に将来留学したいという人。日本の企業に入りたいという人もいます。高齢の方だと日本旅行が目的という方が多いです。もともと両親が日本人で、ここに来て生まれた子どもたちは、家の中で話している日本語が敬語じゃないのでそれをトレーニングしたい、それから読み書きが弱いから専門の人から教えてもらいたい、そんな目的の人もいます。
今のところは公立高校や私立高校に日本語クラスがあって、皆さん一生懸命やっています。またハワイ大学マノア校(UHマノア)の日本語はすごく人気だと聞きました。古典文学をやりたいという学生も増えましたね。日本の大河ドラマを見て。時代劇が好きな学生もいますよ。だからこちらも知識がないとやっていけない。特に今、個人指導をしているんですけど、その学生はUHマノアの学生でオンラインなのですが、聞いてくる内容が「方丈記」のなんとかの部分が理解しにくいんですけど、説明していただけませんか?「え、方丈記……」ちょっと待ってくださいなんて、自分の知識を試されています。
――一般的に欧米の学生で日本語に興味がある人は日本の文化、サブカルチャー、アニメ、マンガが好きな人が多いのですが。
ハワイも多いですよ。でもこちらの知っていることも限界がありますよね。だから日本のテレビは見ます。ビデオも見ます。YouTubeも見ます。映画も見ます。教師として毎日勉強しないといけない。生徒から教えてもらったりすることもありますけど。
伝統芸能に関しても触れる機会は豊富です。UHの大学でお能があったり、歌舞伎があったりとか。茶道部も有名、高校でも茶道部があるところもあります。やっぱりハワイだなと思います。
海外で教える日本語教師は
――たぶん、海外で教えていらっしゃる先生の方がきっと、そういうことをたくさん身に付けておいたほうがいいのだと思いますね。
そうですね。日本について聞かれることも多いですし。一般論ですけどって形で話すんですけど。自分の意見はやっぱり持っていなくちゃいけないですね。
もし日本語の先生になりたいなと思っていたら、自分の国を知らないといけないなと思います。私も常に何か日本語の本を読んでいます。日本人論とか。常にアンテナをはって、いろんな人とコンタクトして。あと、遊び半分ですけど、将棋や碁も知らないとダメと言われて、やったこともあります。茶道と生け花は実は日本で大学生ぐらいからやっていたので、それはやっておいてよかったと思いました。母に感謝です。いやいや続けていたようなものだけど。
文化について知っておかないといけないし、歴史も。「戦国時代好きなんですけど」って言われて、「わ、戦国時代? ちょっと待って。」恥ずかしながら、ここに来てから日本の歴史を勉強し直しました。
あとは地元の人が好きなのは「盆踊り」ですね。連れて行けと学生にいつも言われて。高校生のクラスの時は20人全員に浴衣を借りてきて着せて連れて行きました。
だからもう、日本にいる日本人以上に日本人やってます。
日本を出る時にもっとそういうことを知っていたら、用意したのになと思っています。
――海外で日本語を教えようと思う方は、日本語のことだけじゃなくて日本に関するいろいろなことを知っておくべきということですね。
そのほうがいいですね。学生と一緒にカラオケにいったら日本語の歌を歌わされますし。英語で歌うと、「ダメ、日本語で」って言われます。しょうがないから、日本の小学校で習ったような「ふるさと」とかを歌います。こちらの人が好きなのは「スキヤキソング」。坂本九の「上を向いて歩こう」ですね。あれは本当にインターナショナルです。いまだに歌ってほしいと言われたりします。
――クラスでも日本語の歌を取り入れていますか。
やりますよ。学生のほうが上手です。「セーラームーン」、「トトロの歌」歌っていいですか。はい、どうぞ。という感じ。やっぱりクラスの中が明るくなりますね。自分のできることを引き出してあげないといけないかなと思います。アイドルが好きな人、嵐が好きな人もいた。振り付けとかもみなさんすごいですよ。若い方は。
ここまで来たら日本語を教えることが天職なのかもと
――これからやっていきたいことはありますか。
もし可能なら先生の教育をしたいです。昔京都外語大学の先生とコラボで日本語教育を目指している学生のためにサマープログラムを作ったことがあります。3週間のプログラムでした。日本から学生さんが来て、ここの学校で最初の1週間はクラスで授業を受けて、2週目、3週目がそれぞれの学校、現地の学校で実習。すごく手ごたえがあったみたい。その学生たちは、かなりいろんな国に教師として出て行ったようです。
――日本語教師の仕事を続けて来られて、今どうですか。
ここまで来ちゃったら、天職なのかな。与えられた仕事だったのかなと思っています。いくら逃げても逃げてもダメなんだな。教育者になろうって最初に思って大学に進んだにも関わらず、教育者にならなかったんです。高校は玉川学園で、皆さん玉川大学教育学部に進む。先生にもそれが一番いいと言われたのですが、外の大学へ行き、その後は教育者にならずにツアーコンダクターになりました。でも、引き戻されたな。こんなに曲がって行ってもまた戻ってきたんだな。と思いました。高校時代の校長先生に会う機会があって、「何やっているんですか? 今」と聞かれたので「大学で教えています」と言ったら「やっぱり!」って言われたんです。
――日本語教師ってそれまでの経験が一つも無駄にならない職業だと思いますけどね。
確かに。これまで回り道したけど、よかったんじゃないかなと思います。だから学生には、いっぱいいろんな体験をしなさいって言っています。
――これから日本語を教えたい人に一言
なんでもやってみて、チャレンジしたらいいと思います。やってみませんかと言われたら、はい、と言ってやってみる。やってみてダメだったら すみませんだめでした。そんな時はきっと誰か助けてくれるだろうし。またやり方もいろいろあるからこっちやってみない? ドアが開くような気がしますね。
――外国に住むということは文化の違いがありますが、それについては?
その国にいったら、地元の人たちと仲良くすることですね。それから地元の人たちがやっていることを受け入れること。私も今、ハワイ語を一生懸命覚えて、ハワイ文化を勉強しているんです。
取材を終えて
インタビューの後、平田さんの学生さん二人とお会いすることができました。二人とも
今年日本へ行く予定があるとのことで、自作の小さなフラッシュカードを作ったり、漢字学習のアプリを入れていたりと熱心に勉強している様子でした。世界の中でもハワイは特に日本人や、日本のテレビ、日本食など日本文化に触れる機会の多い場所だとは思いますが、日本に興味を持ち、日本語を学びたい方が今も多いというのは、こちらとしても嬉しくなりました。
取材・執筆:仲山淳子
流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。8年前よりフリーランス教師として活動。