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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

地域在住の外国人が「私らしく暮らす」ための日本語を届けたい

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2019年7月から1年半にわたり、地域の日本語教室やそこでの外国人と日本人のコミュニケーションの在り方についてのコラムを寄稿していただいた深江新太郎さん(NPO多文化共生プロジェクト代表)が、地域の日本語教室用の教材『生活者としての外国人向け 私らしく暮らすための日本語ワークブック』を上梓しました。教材開発の背景や教材に込めた想いを、深江新太郎さんにお聞きしました。

深江さんのコラムのまとめ記事はこちらから

学校だけでは解決できない課題

――深江さんの連載コラムは大変人気が高かったのですが、そもそもこのコラムを書いている深江さんとは何者なのか?という問い合わせがよく編集部に来ます。まず簡単にプロフィールを教えていただけますか。

私は大学ではイギリス史を専攻したのですが、大学の先生から日本語教師という職業について教えてもらったのが、日本語教育に関わるようになったきっかけです。海外で日本語教師が不足しているということを聞き、海外で日本語を教えてみたいと思いました。

――では、そこから養成講座に通われたのでしょうか。

いえ、養成講座に通うのは金銭的に難しかったので、独学で勉強して日本語教育能力検定試験に合格しました。それで、まずは地元の福岡の日本語学校で日本語を教え始めたんです。

――もともと海外志向だったのですか。それがなぜ地域の日本語教室に深く関わるようになったのでしょうか。

実は福岡にはムスリム(イスラム教徒)の方がたくさんいて、私の知人にもいます。その人たちが抱えている課題は、もちろん日本語もあるのですが、それだけではありません。特にイスラム教は、日常生活や服装、食事などについてさまざまなルールを守り暮らしていますが、それが日本の生活ではなかなか実現できないという悩みを、多くの方が抱えていました。

――例えばどんな悩みですか。

これは以前に日本語ジャーナルでもご紹介しましたが、例えばチョコレートを買いたいと思って、パッケージの裏面の原材料表示を見ると乳化剤と書いてある。この乳化剤が植物性であれば口にできるが動物性であれば口にできない。それが分からないのでチョコレートが買えない、といった悩みです。

――何かを食べたいと思っても、日本ではそれを自分が食べられるのかどうかすら分からないということですね。それはいろいろと困るでしょうね。

日本語学校の中だけでは解決できないことが、在住外国人の周りにはたくさんあるということを強く感じました。そのような問題意識から、平成28年1月に「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」ことをミッションにしたNPO多文化共生プロジェクトを立ち上げました。そして、平成28~30 年度には文化庁委託事業「生活者としての外国人」のための日本語教育事業を受託し、地域の日本語教室に広く関わるようになっていきました。

地域の日本語教室が目指すものは何か

――地域の日本語教室に関わるようになって、感じたことはありますか。

先行研究と現状を踏まえると、地域の日本語教室は主な活動によって大きく2つのタイプに分けられます。1つは「日本語(文型)を教える」、もう1つは「(日本人と外国人が)交流をする」です。

――まず、「日本語(文型)を教える」場合の課題は何でしょうか。

地域の日本語教室は週1回2時間というところが多いのですが、週1回2時間の教室活動では、文型を学んでいくのに多くの時間がかかります。また、今、生活で必要なことやその人が言いたいことがあっても、「今日は『~てください』を学ぶためそのことは後回し」となります。

――「(日本人と外国人が)交流をする」場合はいかがですか。

この場合、交流が楽しかったり、交流を通して情報を得たりすることは起きるのですが、その外国人が自分のしたいことに向けて行動を移すことにはつながりにくいと思います。その人が本当にしたいことが伝えられ、それに必要な表現が学べるということは、これまでの交流型の教室活動では難しいです。

――外国人がしたいことと言うと、例えば、場面シラバスの教科書を使って、道を聞いたり買い物に行ったりするときの表現を学ぶような教室もあるかと思います。

そういった場合でも、「日本人と最低限のコミュニケーションができればいい」という日本人側の発想から作られた教科書が多いように思います。外国人が日本人と同じように、やりたいことができる、チョコレートでも何でも買いたいものが買える、病院でもどこでも行きたいところに行けるようになるという発想から開発されたものは少ないように思いました。そのような問題意識と実践から、『私らしく暮らすための日本語ワークブック』は生まれました。

外国人が実現したいことをサポートする

――それでは、改めて『私らしく暮らすための日本語ワークブック』の特徴を教えてください。

タイトルにある「私らしく暮らす」というのが基本的なコンセプトです。どのような外国人も日本で生活する場合、それまで母国では当たり前であった「『私』にとって適したものを選べる日常」を一時的に喪失します。それを取り戻すことを大切にしました。日常とは例えば、好みに合う食べ物を選ぶことや、安心して病院で診察を受けたりすることです。

――これまではそういったことも、日本人側からの発想で必要と思われる日本語に留まっていたということですね。

一般的な生活場面から始まる教材は、買い物に必要な定型会話を教えたり、病院での診察に必要な定型会話を教えたりします。しかし、外国人が一時的に失った日常を取り戻すには、その人が何を買いたいと思っているのか、その人が病院に行く際にどんなことに困っているのかを、日本人側が知ることが必要ではないかと思います。その上で、その人が日常生活の中で実現したいと思っていることを叶えるために必要な表現を提案し、その人の学びをサポートしていくのが自然ではないかと思います。

――この教材では外国人が実現したいことをどうやって知るのですか。

本書は「Hope to」として外国人がやりたいことで課が分けられています。ですので、その人の希望に応じて好きな課から始められます。どの課でも、まず外国人から話を聞くことから始まります。例えば、第1課「食べ物を買いに行く」は、以下のような構成になっています。

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――あなた(外国人側)が中心に話すような流れになっていますね。日本語ボランティアはどのような役割を果たすのですか。 

本書ではそのような立場の人を「パートナー」と呼んでいます。教師でも支援者でもなく、あくまで皆、対等であるという意識からです。パートナーは「外国人がしたいことを実現できるようにするためのサポーター」です。パートナーはいろいろなことを外国人に聞いて、その人のことを教えてもらいます。パートナーが一方的に教えたり、話したりするのではなく、主体的に話すのは外国人のほうになります。

――これまでも日本語ジャーナルの連載コラムで、そのようなパートナーの態度の大切さについては繰り返し述べてきていますね。

はい。本書を使うにあたって、まずは日本語ジャーナルの連載をお読みいただいてパートナーとしての接し方をつかんでほしいと思います。また、本書は「教師(パートナ)用ガイド」が無料でダウンロードできるようになっているので、そちらもお読みいただくと、この本を使うとき具体的にどのような態度で接するといいかわかりやすいと思います。

――そのようなパートナーになってみたいと思う方もたくさんいらっしゃると思うのですが、パートナーにとって必要な資質は何でしょうか。

本書は必ずしも日本語の専門的な知識がなくても、日本語母語話者であればパートナーとして活動を進められるようになっていますが、まず大切なのは「聞く」ということではないかと思います。本書は、巻末に基本的な文法の知識が整理され、その課ごとによく使う文型を提示していますが、肝となるのはその人が必要な表現を提示することです。そのためには、「聞く」ことが大切です。「聞く」をテーマにした研修会では、参加者から「日頃の自分のコミュニケーションを振り返る機会になりました。『聞く』は『伝える』よりもできていないことが分かりました」という感想をたくさんいただきます。実は私自身も研修を行いながら、「聞く」ことの大切さを痛感します。

――謙虚に耳を傾けてこそ、理解と共感が生まれるわけですね。

日本で、日本人が一人の人間として幸せに暮らしていくことと同じように、外国人も幸せに暮らしていけることが多文化共生だと思います。そのためには、まず、日本で暮らす外国人一人ひとりの話を丁寧に聞き、日常の中で持っている小さな望みを実現していく必要があると思っています。

――本書が各地の日本語教室で使われて、そのような多文化共生につながっていけばいいですね。本日はありがとうございました。

執筆/深江 新太郎(ふかえ・しんたろう)

「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。福岡県日本語教育環境整備事業アドバイザー、文化庁委嘱日本語教育施策アドバイザー。日本語教育の現場で、実践、研究、コーディネート、マネジメントに携わる。

 

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テーマ書籍:『生活者としての外国人向け 私らしく暮らすための日本語ワークブック』

講師:深江新太郎

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