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日本語教師の文法についての知識を、地域日本語教育コーディネーターとしてどう生かすか

前回のコラムでは地域日本語教育コーディネータ―について、文化庁の「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)改定版」を基に整理した上で、日本語教師がその強みを生かしながら地域日本語教育コーディネータ―として活動するためには、日本語教室の役割を知ることが大切であるという点を考えました。今回のコラムでは、日本語教師が地域日本語教育コーディネータ―として教室活動をデザインするときに、日本語の文法に関する知識をどう生かすかについて考えます。(深江新太郎:多文化共生プロジェクト)

地域の日本語教室で文型シラバスは有効

日本語学校で行われている授業の主流に、文型シラバスに基づいた教室活動があります。文型シラバスは、単純なものから複雑なものへ段階を追って文型を学んでいきます。積み上げ式のシラバスとも言われます。この文型シラバスに基づいた教室活動は日本語教室にも普及しています。ただ、日本語学校と日本語教室では、教室活動の時間数において決定的な違いがあります。

多くの日本語教室は、週1回2時間です。日本語学校のように週5回、毎日3~4時間、授業を行えません。また、日本語学校は1年半~2年間の学習期間があるのですが、日本語教室は教室に通う期間が人によって様々です。つまり、文型を積み上げるために必要な時間が十分に確保できない、というのが地域の日本語教室の現状です。したがって、文型シラバスに基づいた教室活動は地域の日本語教室では有効に機能しないと言えます。

「生活者としての外国人」のための教室活動の基軸

では、地域日本語教育コーディネータ―はどのような観点から、教室活動をデザインしたらよいのでしょうか。文化庁が2010年5月に公表した「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について」(以下、「カリキュラム案」)は、日本語教室の活動を考える基軸を提示してくれます。「カリキュラム案」の考え方は、次のように説明できます。

みなさんが、新しい地域で暮らし始め、知人が少しできたあと、髪を切りたくなったとしましょう。その場合、どのような行動を行いますか。3段階で考えてください。

(1)新しく暮らし始めた地域で希望の髪型を実現するための行動

   ①知人におすすめの美容室を尋ねる

   ②美容室に電話して予約する

   ③美容室で希望の髪型を伝える

だいたい(1)のようになるでしょう。「カリキュラム案」は、この(1)①~③のように、日本社会で生活を行う上で必要な行動を「生活上の行為」と呼んでいます。「カリキュラム案」には総数で1502の「生活上の行為」が記されています。そして(1)①~③は順に「尋ねる」「予約する」「伝える」というように、言語行動から成り立っています。その言語行動について、次に考えてみましょう。(1)①~③の「生活上の行為」を行うときに、何と言いますか。

(2)自分の希望の髪型にするための表現

   ①知人におすすめの美容室を尋ねる

    「おすすめの美容室を教えてください」

   ②美容室に電話して予約する

    「予約をしたいんですが、〇〇日は空いていますか」

   ③美容室で希望の髪型を伝える

    「(写真を見せて)こんなふうにしてください」

(1)①~③を行うときの表現は様々ですが、例えば(2)①~③となります。「カリキュラム案」は、日本で生活する上で必要となる「生活上の行為」とその「生活上の行為」を行うときの言語知識(語彙、文法)を整理したものです。

文型シラバスに基づいた教室活動は、学習文型の意味を理解しそれを使う練習をしますが、「カリキュラム案」に基づいた教室活動は、その学習者に必要な「生活上の行為」を行う時に出てくる文法を学びます。大切な点は、「カリキュラム案」に基づいた教室活動では文法を学ばないのではなく、文法をそれぞれの学習者の必要性に合わせて学ぶことです。

自分の思いや考えを伝えながら必要な表現を学ぶ

ただ、上記の考え方に基づいて教室活動を行うときに留意点があります。それは、「文型シラバスから場面シラバスへの転換ですね」という理解に対してです。場面シラバスに基づいた教室活動では、指定された場面で何と言うかを学びます。例えば、「食べ物を買いに行く」という場面で食材のありかを尋ねるために「〇〇はどこですか」を学ぶというものです。

これは、上記を要約しているようにも見えるのですが、大切な観点が抜けています。それは、外国籍住民一人一人がどのようなことを実現したいか、解決したいかを表現することです。「食べ物を買いに行く」という場面でも、一人一人、欲しい食べ物や買い物の場面で困っていることは違います。さらに言えば、食べ物の嗜好や食習慣も違います。したがって教室活動では、一人一人が食べ物の好みや買いたいもの、買い物の際に分からないことなどを伝えながら、一人一人に必要な表現を学ぶ流れが自然であると言えます。

地域の日本語教室では、文法を学んで表現するという順序ではなく、その人が自分の思いや考えを伝えながらその人に必要な文法を学ぶという順序が大切です。日本語教師は、その強みである文法の知識を前面に出すのではなく、それぞれの学習者が日常生活で行いたいことを聞きながらそれをかなえるために必要な文法を教えるという態度を持つ必要があります。そして、地域日本語教育コーディネーターとして教育プログラムを作成する際に、教材作成や教材選定、ボランティア養成講座の内容などにおいて、このことを反映させるといいでしょう。

これまで2回にわたり、日本語教師がその強みを生かしながら地域日本語教育コーディネータ―として活動するためにはどのような知識が必要かという点について考えてきました。変化が求められている今、この時代。地域という新たなフィールドを選択肢の一つに入れることは、日本語教師としての幅を広げることにつながるのではないかと思います。

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