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“インシャ・アッラー” 少し知れば少しわかる、イスラム文化圏の日本語学習者

イスラム教と聞くと、どんなイメージが浮かびますか?日本に住むムスリムの数も増え、文化や習慣も以前より知られるようになってきたとはいえ、一般の日本人にはまだまだなじみの薄いもの。今回はイスラム教の基本的なルールや習慣について、日本語教師も知っておきたいことをまとめてみました。ムスリムの学習者を教えたことがある方は、「ああ、そういえば!」と思い当たることがあるかも?

*この記事では宗教の名称をイスラム教、その信者を(男女問わず)ムスリムと表記することに統一しています。

ムスリムの日本語学習者はどこから?

イスラム教というとやはり中東地域を連想すると思いますが、それ以外にもアジア、アフリカを中心に世界各地にムスリムが生活しています。日本語学習者として一番多いのは、世界最大のイスラム教国インドネシアではないでしょうか。約2.7億人の人口のうち、8から9割がムスリムであると言われていて、看護・介護人材としても毎年多くの人が来日しています。それ以外にムスリムが多いのはパキスタン、インド、バングラディシュなどの南アジア地域。また、イラン、エジプト、トルコといった国々でも日本語教育が行われていて、日本を訪れる人も少しずつ増えているようです。

一口に「イスラム教」と言っても、数えきれないぐらいの宗派があり、国や地域によって習慣も考え方も大きく異なります。また、同じ国から来た人でも厳しく戒律を守っている人もいれば、それほど気にしない人もいます。ここではイスラム教全体に共通する戒律や習慣について見ていきます。知っておけば、イスラム教圏から来た学習者に接するときに役に立つかもしれません。

ムスリムは忙しい?1日5回のお祈り

ムスリムの習慣でもっともよく知られているのは「1日に5回のお祈り」。モスクでたくさんの人が並んでお祈りする映像を見たことがあるでしょう。ムスリムが多く住む地域では時間になるとモスクからアザーン(礼拝の呼びかけ)が流れ、お祈りの時間を知らせます。しかし、これを日本の生活で実践するのはなかなか難しいことで、日本に住むムスリムで厳格に1日5回お祈りをしているという人はそれほど多くはないでしょう。それでも、休憩時間に空いている教室でお祈りをする姿を見かけることがあるかもしれませんね。

女性の服装でよく知られているのは、髪の毛を隠すために被るスカーフです。国、地域によって「ヒジャブ」「ジルバブ」などと呼ばれています。これもかなり個人差があり、国ではつけていたけれど、日本に来て外して生活するようになったという人もいます。外国人が少ない地域では、スカーフをつけていると、じろじろ見られたり、嫌な思いをしたりしたことがあるのかもしれません。

髪の毛を隠しているからと言って、ファッションに興味がないわけでありません。ネット上で検索すると、色とりどり、スタイルも様々なヒジャブが出てきます。女性がおしゃれ大好きなのは世界共通ですね。

日本のラーメンが食べたい!

ムスリムが「豚肉を食べない」ということもよく知られています。しかし、実際には豚肉以外でもイスラム教の決まりに従って処理した肉(ハラール)でなければ食べてはいけないということになっています。また、肉そのものでなくても、ポークエキスや豚肉由来の原料(ゼラチンなど)もタブーとなるので、ムスリムにとって日本での食事はなかなか大変です。ただ、これも個人差が大きく、豚肉でなければ気にせず食べる人と、ハラール以外は口にしない人がいるようです。

ハラールを厳密に守る人は自分で作ったものしか食べないことも多いようですが、逆に「日本のラーメンを食べてみたい!」という人もいます。最近はハラールやベジタリアンに対応したメニューがあるレストランも増えているようですから、調べておくと学習者に質問されたときにさっと答えられて喜ばれるかもしれません。また、日本に来たばかりの人には、「豚肉」「ボークエキス」などの言葉やカップラーメンなどの成分表の見方など必要に応じて教えると役立つのではないでしょうか。

豚肉ほど厳しいタブーではありませんが、「お酒は飲まない、飲んだことがない」という人も多いです。逆に特に若い世代でお酒は気にせず飲むという人もいて、「えっ、ムスリムなのにお酒を飲んでも大丈夫なんですか」と何度も聞かれるとちょっとムッとしてしまうこともあるようです。

飲まず食わずで大丈夫?1か月の断食

イスラム教の重要な祝日は年に2回あります。一番大切なのがイスラム暦9月(ラマダーン)の「断食月」に続く「断食明け大祭」、もうひとつがイスラム暦12月の「犠牲祭」です。イスラム暦は西暦より短いので、毎年10日ほど早くなっていきます。

「1か月の断食」と聞くと、「えっ、1か月も飲まず食わずで大丈夫なの?」と思ってしまいますね。正確には「日の出から日の入りまでの間」の断食で、夜は好きなものを飲んだり食べたりしていいのです。昼間食べられない分夜の間にたくさん食べるため、断食月には普段よりむしろ太ってしまうというのはムスリムあるあるです。

夜は食べられるとはいえ、日本にいる学習者が断食をしながら学校やアルバイトなど、いつもの生活を続けるのは大変です。お腹が空くだけでなく、夜明け前に起きて早朝の食事をとるため、睡眠不足にもなりがち。断食をするかしないかは本人の意志ですが、無理をしすぎて倒れたりしないよう、周りの人がそれとなく気を配ってあげる必要があるでしょう。

心のよりどころ、イード

日本人から見ると、ただ苦しいばかりに思える断食月ですが、ムスリムにとっては宗教的に大切な時期でもあり、また家族や親しい人とともに日没を待ってお祈りをささげご馳走を食べる楽しみな季節でもあります。さらに、1か月の断食が終われば、イスラム教のお正月と言える断食明け大祭(イード・アルフィトリ/イドゥル・フィトリ)です。国では1~2週間ほどお休みとなり、家族が集まってにぎやかに過ごします。

イスラム暦(ヒジュラ暦)は月の満ち欠けを基にした太陰暦で、西暦より約11日短いサイクルで進むため、西暦の月や季節からはどんどんずれていきます。イスラム教文化圏の国では、ラマダーンが近づくと日の出や日の入りの時刻が入ったカレンダーをあちこちでもらうことができます。日本でラマダーンのカレンダーを調べたいときにはモスクなどのウェブサイトで探してみるといいでしょう。

2022年の断食明け大祭はちょうどゴールデンウイークと重なったため、日本にいるムスリムもゆっくりとお祝いができたのではないでしょうか。自分の国にいなくても、日本各地にあるモスクやイスラム文化センター、各国大使館などで、ムスリムが集まって一緒にお祈りをしたり、食事をしたりしてお祝いをすることができます。故郷を離れて、文化も習慣も全く違う日本で生活する人々にとっては、自分と家族や故郷をつなぐ大切な時間です。

すべては神の思し召し

イスラム文化圏の国では、役所の書類仕事や電気水道等の修理などで「明日午前中にね」とか「来週までにできる?」と言うと、「インシャッラー」と返ってくることがよくあります。直訳すると「神様が望めば」となりますが、「多分ね」ぐらいの意味で、実現するかどうかはせいぜい半々のようです。

何億人もいるムスリムを一言で語ることは不可能ですが、イスラム教にはこの「インシャ・アッラー」、すべては神の思し召しであり、人間が決められることではないという考え方が根底にあるためか、日本人の目からは見ると「のんびりしている、あてにならない、いいかげん」と映ることもよくあるようです。また、1日5回のお祈りや断食などを現代の日本の生活と両立していくのは難しいことでもあります。

ムスリムに限らず、日本とは全く違う文化を持って来日する学習者と、分単位で進む日本の社会。そのギャップに戸惑って悩む人もいれば、自分のやり方を押し通そうとする人もいます。学習者が来日してすぐ日常的に接することになる日本人は多くの場合、日本語学校の日本語教師。異なる二つの世界のギャップを少し埋めることも、日本語教師の大切な役割の一つなのではないでしょうか。

★日本語教育の現場での、多文化共生に必要とされるコミュニケーションとは?

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