NJ

日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

「学習者の視点に立った漢字授業」のために、日々、試行錯誤

146

現在、日本語の教育現場では非漢字圏学習者が急増し、漢字の指導に苦慮しているという声をよく耳にします。非漢字圏学習者の抱える問題点については、前回のコラムでその原因を探りましたが、そうした学習者が漢字を楽しく効果的に学ぶために、教師はどのような授業を行えば良いのでしょうか。今回のコラムでは、長い間その答えを探し求めて試行錯誤を重ねた私の取り組みを紹介します。悩みながら授業の改善を続けることで、学習者はどう変化したのか、そこから私は何を学んだのか。教える側の目線ではなく、「学習者の視点に立った漢字の授業作り」について考えるきっかけになれば嬉しく思います。(鈴木英子:(公財)宮城県国際化協会地域日本語教育アドバイザー)

退屈そうなあくび、とろんとした目、重い空気……

28年前、私は新米ボランティアとして、初めて漢字クラスを担当しました。学習者は16人、うち15人が非漢字圏の人たちでした。「漢字」というと、ひたすら書いて覚えた記憶しかない私にとって、その人たちがどんな気持ちで漢字と向き合っているのか、全く想像もつきませんでした。初回の授業のことは今でも忘れられません。漢字を正しく書いたり読んだり……私が必死になればなるほど、みんなどんどん静かになっていくのです。退屈そうにあくびをしている人もいて、とろんとした目で私を見ています。重い空気を感じながら「ああ、こんな面白くない授業はしたくないよ~」と内なる声まで聞こえてきて、苦い体験になりました。

近年は、漢字指導も日本語教育の重要な項目の1つとして、学習者中心の視点に立った研究もなされていますが、私が教え始めた頃は、教室活動を活性化するような具体的な事例が書かれた書籍はあまり見当たりませんでした。そのため、毎回、自分の行った授業を振り返りながら、見えてきた問題点を1つずつ次の授業で改善していくように取り組みました。
最初の頃は、まさに暗中模索でしたが、回を重ねることで少しずつ学習者が見えるようになり、特に、非漢字圏学習者の漢字習得の難しさが分かってからは、その負担を軽減することが最も重要な課題となりました。学習者が楽しく学ぶための授業作りについて試行錯誤を重ねていくうちに、2つの問題点が浮き彫りになってきました。それは、「どうすれば学習者が意欲的に学べるか」、そして「どうすれば漢字を効率よく整理していけるか」ということでした。

体系的に効率よく漢字を記憶できないか、悩みは続く

漢字はその成り立ちから「象形文字」「指事文字」「会意文字」「形声文字」の大きく4つに分類することができます。象形文字は「山・川」など、物の形を写し取って表したものです。指事文字は「上・下」など、形で表せないものを、見てすぐ理解できるように点や線を使って表したものです。会意文字は、「森・好」など、2つ以上の文字を組み合わせて、新しい意味を表したものです。形声文字は「晴・悲」など、意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせたものです。
これらの中で、やはり象形文字は形と意味が結び付きやすく、学ぶ側も教える側も楽しくできます。ただ、残念なことに常用漢字の中で、象形文字は指事文字と合わせても13%ぐらいしかないので、すぐにネタは尽きてしまいます。会意文字で代表的な「森・好・休・明」などは、象形文字同様、視覚的にも理解しやすいため、みんなの表情も輝いています。しかし、その後、複雑な会意文字や形声文字が多くなると、書いて覚えるパターンに陥ってしまい、学習者も次第に漢字への興味を失っていくのでした。

また、学習が進むと漢字も増えるので、学習者は漢字を整理して記憶する必要があります。初級漢字の教科書は、課ごとに動詞、形容詞、病院、交通機関……など、用法や使用場面によって漢字が区分されているため、学びやすいだろうと思っていたのですが、学習者は「難しい形の漢字がどんどん多くなって覚えるのが大変」と顔をしかめるばかりです。
確かに考えてみれば、「出・入・乗・降」などの漢字を、「これは動詞としてよく使いますから覚えましょう」と言われても、学習者にとっては何の共通点もない「形」を、1つずつ暗記しなければならないのですから、覚える負担は変わらないのです。もっと体系的に効率よく漢字を記憶していく方法はないのだろうか、悩みは続きました。

字源字典『字統』との出合い

そんなときに出合ったのが、白川静博士の字源字典『字統』でした。『字統』の内容から、一見複雑そうな漢字でも分解すると意味が分かりやすくなるものがたくさんあり、また、何の関連性もなさそうな漢字が、成り立ちを学ぶと共通の意味でつながっているということも分かったのです。

「人を表す漢字は?」と聞かれると、皆さんはどんな漢字が浮かびますか。すぐに人偏(イ)の付く漢字が挙がりそうですが、実は漢字の中には「立ったり」「座ったり」「跪いたり」と、いろいろな人の形が隠れているのです。
例えば、「危」という漢字は、崖の上から人(厃)が跪いて下をのぞいている形です。崖の下にも、上の人を心配してか、しゃがみこんだ人の姿。まさに危ないという漢字の意味がよく表れています。

「欠」はどんな形に見えるでしょうか。これは口を大きく開けた人を、横から見た姿です。そこから「飲・歌・次・吹」などの漢字が互いにつながっていて、飲んだり、口を大きく開けて歌ったり、次々と息を吐いたり、吹きかけたりしている人の様子を表しているのです。これらが分かったときには、まさに目からうろこでした。それまで私は、「欠」は「あくび」、「疒」は「やまいだれ」、「隹」は「ふるとり」というように、知識としての部首名はたくさん知っていても、その形の意味をイメージして漢字の奥深さを味わうようなことは、ほとんどなかったのです。
知れば知るほど、漢字の世界が楽しくなりました。学習者にもこの漢字の魅力を伝えたい!それからは、絵や写真、実物、ジェスチャーなど、あらゆる手段を用いて漢字の面白さやつながりが分かりやすく理解できるように、授業を工夫していきました。

手の形を持つ漢字というと、すぐに手偏(扌)を思い浮かべますが、他にもいろいろな手の形があるのです。例えば、「ナ」も「又」も手で、「友」は手と手を取り合う友達の意味をしっかりと伝えています。「支」は小枝(十)を手で持って支えている形です。学習が進んで、また新たに「又」の形を持つ「取・受・授・・・」などの漢字が登場すると、既習の「友」や「支」などを思い出し、新しい漢字の成り立ちを考えました。漢字をバラバラに覚えるのではなく、漢字を仲間にして、どんどんつなげて覚えるようにしたのです。
すると、それまで「漢字は難しい」と顔を曇らせていた学習者たちが、「あっ、そうか!」「漢字って本当にうまくできているんだ」「これは漢字の家族ですね」「先生、この方法は、とても分かりやすいです」などと言いながら、目を輝かせるようになりました。初めて教室に来た学習者に「今日から漢字が簡単になりました!」と満面の笑みで言われたときには、胸が熱くなりました。

非漢字圏の人たちは、初めて見る漢字に対しては苦手意識が働きますが、こうしたつながりが分かってからは、積極的に意味を推測しながら楽しく学習するようになったのです。

集大成として生まれた『どんどんつながる漢字練習帳』

その後は、当たり前のように考えていた教科書の漢字のカテゴリーも、新たに組み変えながら、学習者が覚やすいように改善を続けました。そして、その集大成として生まれたのが『どんどんつながる漢字練習帳』です。
この教科書では、漢字の面白さを発見しながら楽しく学べるように、それぞれの漢字をイラストで表し、翻訳で意味の説明を付けました。また、体系的に効率よく学べるように、同じ意味の部品でつながる漢字を仲間にして覚えられるように工夫しました。
実際にこの教科書で勉強した学習者からは、「この本はとても面白いですね」「漢字の意味が楽しく理解できるので覚えやすいです」「嫌いだった漢字が好きになりました」などという嬉しい感想をたくさんもらいました。「どの教科書で勉強しても最後まで続かなかったけど、初めて全部できました」という声もありました。

以前は、学習者から「漢字は難しいですね」と言われるたびに、「日本人でも難しい漢字を、皆さんはよく頑張って勉強しています」と言って励ましていたつもりでしたが、それは「漢字は難しい」ということを、より印象付けていたのだと後になって気付き、猛省しました。私自身が漢字の魅力を理解し伝えるようになってから、学習者も笑顔で「漢字は面白いですね」と言うようになったのです。これまでの実践を通して、はっきりと分かったこと、それは「学習者が漢字を好きになるかどうかは、教師の影響が大きい」ということです。初めから学習者自身が、漢字の面白さを発見することなど不可能に近い話です。教師が漢字の世界に楽しく誘ってこそ、学習者も興味や関心を持って足を踏み入れていけるのです。私の場合は、それを理解するまでに時間を要しましたが、これから漢字を教える方には、是非、最初から学習者と楽しい時間を共有していただきたいと思うのです。

執筆/鈴木英子(すずき・えいこ)

(公財)宮城県国際化協会地域日本語教育アドバイザー、東北中国帰国者支援・交流センター日本語講師。元国語教師で、28年前、初めて日本語ボランティアとして漢字クラスを担当し、「国語教育」と「日本語教育」の違いを痛感する。以降「教室が楽しい」「日本語も漢字も面白い」と思ってもらえるような授業作りを目指して模索を続けている。
著書に『使って覚える楽しい漢字』((公財)宮城県国際化協会)共著、『日本語教師の7つ道具シリーズ2 漢字授業の作り方編』(アルク)共著、『どんどんつながる漢字練習帳 初級』『同中級』(アルク)共著。
漢字教育士。第2回白川静漢字教育賞 最優秀賞受賞。