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論理的思考力と学力は大いに関係あり

論理的思考力(ロジカルシンキング)という言葉を聞いたことがありますか? もともとはビジネスパーソン向けのツールや手法でよく使われていた考え方です。最近は学習指導要領を通して学校教育にも広がっており、大人から子供まで全世代的にその考え方に触れる機会が増えました。日本語教育の世界にいち早く論理的思考の考え方を取り入れ、『日本語ロジカルトレーニング 初級』『同中級』を上梓している、西隈俊哉先生(一般社団法人 日本語フロンティア代表理事)に、お話を伺いました。

大人から子供まで求められる論理的思考

――「論理的思考」と言うと、何となく難しく感じてしまうのですが、簡単に言えばどういうことでしょうか。

論理的思考で大事なことは2つです。1つは「必要な情報を集めて筋道を立てて考え、理由を添えて理解すること」、もう1つは「説明をするために筋道を立てて理由を添えて表現すること」です。つまり、「筋道を立てる」「理由を添える」の2点を踏まえて、物事を理解し、表現するということです。そして、論理的思考は、発想力・読解力・表現力の3つで構成されています。

――論理的思考が、なぜ最近になって注目されているのでしょうか。

変化の激しい現代社会においては、単に知識・技能を習得するだけではなく、さまざまな問題に対して自分の頭で考え、判断し、表現することが求められています。特に「考える」ことは、判断や表現の根幹と言ってもいいと思います。その「考えること」がイコール「論理的思考」なのです。

――特に最近は社会人や大学生だけではなく子ども向けの本もたくさん出ているようですが、その背景などをお聞かせください。

21世紀に入ってから、知識は「丸暗記する」から「調べて活用する」ものに変わりました。2008年に公示された「小学校学習指導要領」の総則には、言語活動の充実について「基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくむとともに、主体的に学習に取り組む態度を養い、個性を生かす教育の充実に努めなければならない」とあります。*1この「思考力,判断力,表現力」が「論理的思考」、「主体的に学習に取り組む態度」がアクティブラーニングに当たります。今や社会人だけではなく、小さい頃から「考える力」が必要とされるようになりました。そのため子ども向けに論理的思考を養う書籍が発行されているのだろうと思います。

考えることで能力の壁を乗り越える

――そのような論理的思考は外国人日本語学習者にとっても有効なのでしょうか。

留学生に日本語を教えていて思うのは、留学生の中にも2つのタイプがあるということです。1つは学習に対して自律的で主体的な留学生、もう1つは指示待ちで他力本願的な留学生です。そしてこの取り組む態度の違いは、学力に大いに関係するということです。そして自律的な態度は、考えることを通して養うことができると思っています。

――論理的思考を鍛えることが自律的な学習態度、引いては日本語力の伸びにもつながるということですね。

学習者の中には考えるということ自体に慣れておらず、すぐに自分が真似するための「お手本」や、「答え」そのものを求めてしまう留学生が少なくありません。これでは伸ばせる日本語力にも限界があります。そんな課題には以前から気づいていたのですが、それをどうすれば解決できるかが分かりませんでした。そんな時に、2003年のPISA*2の調査で日本の子どもたちの読解力が低下したことが社会的な問題となり、2008年の学習指導要領にPISAの枠組みに基づいて「思考力・判断力・表現力等の育成」が盛り込まれました。このアプローチを日本語教育に導入してみてはどうかと思い付いたのです。

――日本語の授業の中に論理的思考を取り入れてみた結果はいかがでしたか。

大きな手応えを感じました。それまでに考えることに慣れていなかった学習者が、考えることの重要性や楽しさに気づいていく中で、より自律的な学習者に変化し、日本語力も伸びていったのです。授業の中で実践したさまざまな論理的思考を高めるトレーニングのコンテンツが溜まっていったので、2009年に『大学・大学院留学生のためのやさしい論理的思考トレーニング』(アルク)を出しました。また、教材は中級者向けだったのですが、発売当初から初級者向けのものも出してほしいという声が大きく、2018年に『日本語ロジカルトレーニング 初級』を上梓し、合わせて先の本を『同中級』として改訂しました。

――まさに教育現場の問題意識と実践から生まれた教材なんですね。

特に留学生の場合、論理的思考が必要となる場面に「進路を決めるとき」があります。これは日本人にとっても外国人にとっても大切ですが、日本人でも外国人でも、自律的な態度が身に付いている人は、自分で情報を集め、筋道を立てて将来のことをしっかり考えて、自分に合った進路を選ぶ傾向にあると思います。

授業の中での教材の使い方を紹介します

――教材の中身について簡単にご紹介してください。

初級も中級も、論理的思考において大切な3つの要素、「発想力」「読解力」「表現力」の3章構成にしています。「発想力」とは「語彙・表現を豊かにし、有機的につなげる力」、「読解力」とは「テキストの情報を正しく理解し、自分自身と結びつける力」、「表現力」とは「自分独自の意見・主張を述べる力」です。初球は「発想力」を厚めに、中級は「表現力」を厚めにすることで、特にそのレベルでの「考える力」に結びつく能力を伸ばせるように構成されています。

――全般的にイラストが豊富で楽しそうな教材ですね。

「読解力」というと「文章を読む」ことをイメージしがちですが、学習者を取り巻く社会には文章以外のメッセージもたくさんあります。本書ではイラストや図表からメッセージを読み取り、必要な情報を拾い出し、場合によってはそれを利用して説明する練習をします。日本語能力試験の読解でもN5から「情報検索」という問題が出題されますので、初級の段階からこういう練習はしておいたほうがいいと思います。

――「表現力」ではどのような練習をするのですか。

初級では「比べる」「例を挙げる」「言い換える」「理由を述べる」などの練習ができます。自分で文を組み立て、自分の意見を表現したり説明したりする力が身に付きます。その日の授業の導入文型などとうまく組み合わせて使うと、授業が盛り上がり、かつ実践的な練習ができますよ。

――この教材は授業では具体的にどのように取り入れるといいのでしょうか。

初級では、学習者に知っていることをどんどん表現してもらい、自分が知っていることと新しく学んだことを結び付けてもらうような活動をするのがいいと思います。学習者は基本的に自分が知っていることを話すのは大好きなので、日本語学習に対するモチベーションも大いに高まると思います。中級では作文の授業や読解の授業で使うといいでしょう。スピーチや作文で自分の意見をはっきりと述べられるようになりますよ。

――教材を授業で使うときの注意点はありますか。

5W1Hの中でも、「Why?」と「How?」を意識して授業を進めるといいと思います。とにかく学習者に考えさせることですね。このあたりはなかなか文字で説明しにくいので、実際に授業例を見ていただけるといいと思います。オンラインでのセミナーを12月12日(土)に行いました。多数のお申し込みをいただいたことから、2月20日にも同じ内容でセミナーを開催いたします。ぜひ、そちらに参加してみてください。

――本日はありがとうございました。

西隈俊哉

南山大学大学院外国語学研究科修士課程修了。修士(日本語教育)。韓国の大学で日本語を教えた後、日本国内で大学での日本語教育や、日本語教師養成に携わる。現在、教学の傍ら、日本語教育に関する研修・アウトソーシングを行う「一般社団法人 日本語フロンティア」の代表理事を務める。著書に『パターン別徹底ドリル日本語能力試験N1』(アルク)、『2分で読解力ドリル』(学研プラス)などがある。

アルク日本語教育オンラインセミナーシリーズ第5回(好評につき追加開催)

学んだことを人生や社会に生かすための日本語教育―「考える力」 を身につけるための授業について考えてみよう―

2021年2月20日(土)10:00~12:00

https://alcnihongoseminar-nishikuma3.peatix.com/view

2021年2月20日(土)14:00~16:00

https://alcnihongoseminar-nishikuma4.peatix.com/view

※午前と午後は同内容です。また2020年12月12日(土)に行われた同タイトルのイベントとも同内容です。

*1:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/gengo/1300857.htm

*2:PISA:Programme for International Student Assessmentの略。OECD(経済協力開発機構)が3年おきに実施する、国際的な学習到達度調査。2018年は79カ国・地域が参加。

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