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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

NTTドコモのAI 日本語教材開発をアルクがバックアップ

今やAIはわれわれの生活のさまざまな分野で活用されています。そしてその波は語学教育そして日本語教育にも押し寄せています。現在、アルクが協力し、NTTドコモが開発を行っているAI 日本語教材について、プロデューサーの小栗伸さん(NTTドコモソリューションサービス部主査)に話を聞きました。(NJ編集部)

開発担当者の妹さんは日本語教師

編集部:そもそもなぜNTTドコモがAI日本語教材を開発しようとしたのですか?

小栗:私は日本語教材を開発する前は、英語学習サービスの開発に携わっていました。皆さんも英語学習などで使ったことがあるかもしれませんが、自分の発音が正しいかをチェックすることもでき、既に商品化されています。開発の過程で、この技術は何か他にも応用できるのではないかと思ったのがきっかけです。

編集部:発音チェック技術の応用ということですね。でもなぜ日本語教育なのでしょうか?

小栗:実は私の妹が日本語教師でして、、、

編集部:えー、本当ですか!

小栗:はい。休みの日にはよく妹に日本語を習っている外国人が家にも遊びに来ていたんです。ある日、1人のフィリピン人が、私の3歳の息子と日本語でおしゃべりをしていたのを、たまたま聞いていました。そうしたら息子の日本語は完全ではないのですが、それでもちゃんと日本語が伝わっていました。例えば、息子はその頃、「エレベーター」を「エベレーター」と言っていたのですが(笑)、それでもちゃんと伝わっていました。

編集部:かわいい言い間違い(音位転換)ですね(笑)。

小栗:また、別の学習者は当時、日本企業に就職しようとしていたのですが、日本語能力試験N1を持っているのに、面接で自分の日本語がうまく通じないことに悩んでいました。日本語の授業の時には通じているのに、場面や状況が変わると途端に伝わらなくなってしまう。「日本語で伝わるってどういうことなんだろう」「日本語が伝わらなくて困っている外国人をサポートできないだろうか」と考えるうちに、発音チェックの専門技術を応用できないかと思いついたわけです。

編集部:妹さんを通して外国人の悩みを知ったことが開発きっかけになったんですね。

データ×技術力を生かして外国人をサポートしていきたい

編集部:そもそもですがAIとは何なのか、簡単に説明していただけますか?

小栗:AIとはArtificial Intelligence(人工知能)の略です。簡単に言えば、コンピューターに人間の脳の肩代わりをさせる技術と言ってもいいでしょう。言語に関わるところでは、言語を理解したり、音声を認識したりすることに、その技術が使われています。

編集部:語学教育にも関係が深いですね。言語を理解したり音声を認識したりするAIの精度を高めるのに必要なことは何ですか?

小栗:同じ日本語の意味であっても、さまざまな表現のバリエーションがあります。そのバリエーションを大量にAIに「食べさせる」ことで、理解・認識の精度がぐんと上がります。必要なのは日本語の大量なデータです。 

編集部:NTTドコモはそういったデータをたくさん持っていますね。それに加えて小栗さんのような技術者もいらっしゃる。ちなみに、そういったデータは、GoogleやAppleといった世界企業でも持っているのでしょうか。

小栗:はい、持っているとは思います。ただし、日本語のデータという点では、我々に一日の長があると思っています。

編集部:教材開発に当たっては、アルクも教材のコンテンツ提供をさせていただきました。

小栗:ありがとうございました。他にも語学学校、大学、外国人を採用している企業、送り出しや受け入れ機関など、来日外国人をサポートしている企業に幅広く協力してもらいました。教材を通して、外国人の日本語学習効率が上がったり、働きやすくなったり、そしてそれが企業の生産性向上につながればといいと思っています。

編集部:現在も実証実験中だと思いますが、これまでのところで外国人の日本語学習について、何か分かったことはありますか?

小栗:国民性もあると思いますが、特にアジア出身者の中には恥ずかしがり屋と言いますか、なかなか人前で日本語を話せない外国人も多いようです。でも、そういう外国人もAIツールならいつでも自己学習ができます。クラス授業でもゲーム形式で使うと盛り上がるといったこともありました。

編集部:外国人を受け入れている企業側から何かフィードバックはありましたか?

小栗:会話力をスコアリングして、来日前後でどのように日本語力が伸びているかが分かると、受け入れ企業も安心するという声を多くいただきました。会話力の「見える化」ですね。そうすれば外国人と受け入れ企業の目線も合ってきます。

編集部:外国人側の一方的な努力だけではなく、受け入れ側にもしっかりと準備をしてもらうためにも、その人の会話力が見て分かるようなスコアシートがあると便利ですね。

Japanese Language Training AIに使われている技術

編集部:Japanese Language Training AIでは、開発きっかけとなった「伝わる」かどうかは、どのように判定しているのですか?

小栗:「発音判定」と「表現判定」の二つの技術を開発しました。単に、「正しい日本語の発音ができているか、適切な言い回しか」ではなく、「日本人に伝わるか」をAIが判定し、評価しています。

編集部:「正しい」だけではなく「伝わるか」とは?

小栗:先にご紹介した「エレベーター」を「エベレーター」と言っても、文意は相手に伝わります。そういった言い間違いをすべて間違いとして判定してしまうのではなく、「伝わる日本語」として判定した上で、正しい形をお示しするようにしています。

編集部:「表現判定」とは、どのように判定するのですか?

小栗:同じ意味を表すのにさまざまな日本語の表現がありますので、きちんと意味が伝わるのであれば「伝わる日本語」として判定し、その上でより良い表現をお示しするようにしています。

編集部:実際は、どういう場面での教材使用をイメージしているのですか?

小栗:対応業種やテーマとしては、ビジネスマナー、飲食、宿泊、介護、小売、製造、面接などについて学べるようになっています。また、企業ごとにテキストをカスタマイズして、よりリアルなトレーニングをすることも可能です。

AIの技術進化と日本語教師の役割

編集部:最近、AIが進化すると、いろいろな職業がAIに取って代わられるのではないかと危惧する声もよく聞かれますね。

小栗:私は必ずしもそのようには思いません。AIは万能ではありません。決められたことをこなすのは得意ですが、例えばその中で何か分からないことが出てきて学習者が質問したとしても、AIには答えられません。

編集部:そういう場面こそが経験豊富な日本語教師の出番かもしれません。 

小栗:技術で解決できるところと技術では解決できないところを整理して、上手にAIを活用して学習効率を上げていくとともに、人間にしかできないところは日本語教師がきちんと関わることで、着実な成果に結びつけていくことができると思います。

編集部:学習の機会提供という意味でもAIの役割は大きいですね。

小栗:日本ではさまざまな地域に外国人が住んでおり、近くに日本語教室や日本語教師がいない環境も珍しくありません。日本語が話せないことで困っている外国人が、どこに住んでいてもスマホで日本語が学べるインフラを整えることができれば、日本はもっといい共生社会になっていくのではないでしょうか。

編集部:これからますます、AIも日本語教師も大切になっていきますね。本日はありがとうございました。

Japanese Language Training AIの入手方法:

App Storeからダウンロード

OGURI

小栗伸

プロフィールNTTドコモ入社後、音声認識・機械翻訳・自然言語処理技術開発に従事。その後、技術を軸にした製品企画・事業創出に携わり「てがき翻訳」をはじめとした9つのプロジェクトを製品化・事業化。現在、お客さま、NTTドコモのR&Dおよび法人営業の少数精鋭部隊が三位一体で連携し、課題の検証解決を進めていくソリューション協創プロジェクト「トップガン」に従事。